2017/03/26

いっぱい大好き

夢からさめて
朝まだ暗いうちに起きだす

わたしの一日は
あなたへのおもいと
始まってゆく

むらさきのチューリップ

ラジオの声がした

花言葉は 
永遠の愛

いっぱい大好き
いっぱい大好き

花を愛するあなた
むらさきが好きなあなた

むらさきのチューリップ
置いてる花屋さんは
きっとすてきな街にあるね

あなたはまだ
眠りのなか
枕元の永遠の花に見守られて
うっとりと
夢を見る

いっぱい大好き
いっぱい大好き

あなたの不思議な言葉
かわいらしい
あなたの真実の言葉
わたしも
いっぱい大好き
あなたを
いっぱい大好き

あなたはまだ夢見ている
眠りこけ
まどろんで
お昼間にも夢うつつに
あなたの夢はつづく

夢はきっと
かなえるものじゃなく
夢はたぶん
いだきつづけるもので
夢はこうして
いつも語られて
夢はいつも
ここにあるってことを
あなたがおしえてくれる

いっぱい大好きなあなたの
いっぱい大好きな夢に
むらさきのチューリップが
咲いてくれますように

永遠の愛をくれる
あなたのために
わたしは祈る

あなたが今日も
笑っていてくれますように

いっぱい大好き
いっぱい大好き

今朝
こちらは雨です
寒い雨の日曜日です



真実の言葉


病から後の母の言葉は、かわいらしい。
言葉だけでなく普段の様子も、よろこぶ笑顔や、怯える姿ですら
とてもかわいらしい。

近くにいて日々の変化をみてあげられないので
断片的にわたしに焼きついた
母の姿、表情を、毎日毎日何度も何度も、思い返す。
姉とお話して、笑っている姿を想像する。

姉は仕事が本当に忙しいので、体を壊してしまわないかと心配で
いつも母のお世話をしてくれている姉のことを
母をおもう都度、おもっている。
ようやく春めいてきた今頃は、すこし自分の時間がとれていたらいいのだけれど
これからまた忙しくなる姉のことも、頭から離れないのだ。
申し訳ない気持ちと、心からの感謝とで、胸がいっぱいになる。

母が話す不思議言葉を、そばにいてずっと聞いてあげられないことは
とても悲しい。
早朝のラジオは、元気な時に母も毎日聴いていた。
よく電話でラジオの話題もおしえてくれた。花言葉も好きだった。
心が弱っている時、ラジオは慰めになると言っていた。
わたしもラジオを聴きはじめた。

先日、ラジオで終末ケアの専門医の話があった。

とにかく、おそばにいてお話を聞いてあげることですよ、と言う。

胸が詰まった。
彼はその後に、最後を看取る親族をねぎらい、こう続けた。

離れていたら、ずっと思いを送っているというのも、いいんですよ
必ず伝わりますよ

優しい人だと思った。

申し訳ない気持ちは、ひとりでいる時間に加速する。
母や姉が、遠く遠く感じて、苦しいばかりの日常に
こうして手をさしのべてくれる人がいる。
しっかりしなくちゃ、そう思う。
何もできない自分のもどかしさ、いたたまれない気持ち。

ラジオを聴いていた母も、こんな気持ちだったろうか。

寒い雨の日。
母と姉が元気でいてくれますように。

そして
どこかでわたしと似たような思いをいだく
あなたの一日が今日も
よい一日でありますように。










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2017/03/25

うつくしくなりたい

わたしの言葉は
砕けた心のかけらを拾う

わたしの心は
疲れたからだの重みを背負う

だから
いつまでも
言葉はうつくしくならない

こんなかんたんな言葉が
伝わらないのなら
わたしの空っぽな心には
愛がないってことぐらい
わかっているんだ
とっくに

愛という芯がないから
こんなやさしい言葉でさえ
あなたの心には
とどまらず
すぐに
ばらばらに散ってゆく

こんがらがった頭で
言葉をどっかから借りてきて
信じられない使い方や
まだ誰もしてない組み合わせで
誰かを

あなたを
ぎゃっ!
と言わせなくちゃいけないのなら

愛なんて
もういらないのだろうか?

愛のない自分が
あなたに見透かされてしまうより
そっちのほうがいいって
自分をごまかしてたんだ

愛は
記憶も
理性も知性も
感情さえ失くしてしまっても
最後まで残る

愛が残された心は
やわらかく
不思議な言葉となって

あなたから溢れ出す
際限なく

そうして
途切れることも許されず
あなたを使って
愛の言葉は伝えられる
わたしに
愛のないこのわたしにも

わたしがもしも
うつくしくなれるとしたら
あなたの言葉を全部
わたしのものとしなくてはならない
そうして
わたしの心が愛に満たされ
言葉がうつくしくなったときには
この祈りも届く

わたしの言葉は
あなたの言葉の真似をする
わたしの心は
過去の記憶にしがみつく
だから

なかなかうつくしくならない
いよいよ愛に遠く
心はむなしい
それでも

うつくしくなりたい
あなたのように

うつくしくなりたい
あなたの愛の言葉の
ひとつになって
もう一度
あなたから生まれたい



この瞬間にも言葉は溢れ


朝は、体も心も新しく生まれ変わって、悲しいことや切ないことに
ほんの少しだけ、蓋をしておくことができる。
そんな朝に、心から湧き出てくる言葉。

その言葉といっしょに、一日過ごす。
書きとめられないまま時間が過ぎて、忘れ去られてしまう言葉は
そのままでいい。
夕刻、こうして書き出される言葉は、朝の言葉のなかの、わずか。
考えるでもなく、練り上げられるでもなく、残っていた言葉をつなげる。

おしゃべりのように、無意味につながって、頭が空っぽになって
どんどん言葉が溢れる。
悩んでいる苦しんでいることを、こまかくしてかき集めて掃き出すように
つながっては、消えて行く言葉。

女の人が元気なのは、よくしゃべるからだという。
しゃべることで頭のなかを空っぽにして、発散する。
もしそうだとしたら、母はまだ、苦しみと闘っているのかもしれない。
忘れてしまいたいことが、まだいっぱいあるのかもしれない。
しゃべる言葉は、そのまま消えて、心に残ったものだけが、一人歩きする。
前後も、脈絡もなく、言葉だけが残って
いつまでも心のなかを支配しては、その苦しさに右往左往する。

詩はこんなにいい加減に、毎日書き散らしても、きっと届かない。
言葉を使うのが人間だけなら、もっと人間らしいあたたかさや
愛情あふれる言葉で埋め尽くしたい。
あなたの心に触れたい。
いつかは、きっと。

日々は、ただ母をおもう。
天国の父をおもう。
ひとり母を見守る姉をおもう。
このおもいが本物ならば、いつか本物の詩がたったひとつでもいいから
生まれてきてほしいと願う。
やさしくあたたかい、愛ある言葉が生まれて、あなたに届くように、と願う。










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2017/03/24

自信

あなたが忘れたわたしのことを
わたしがまだ覚えてるって自信はない
わたしが忘れた大事なことを
あなたに思いだしてもらえる自信もない
だから

時間が過ぎて行くのが
こんなにも怖くて
無意識に過ごせる時間もなくなって

あなたをおもっている

最後の最後に
わたしたちに残されるのは
夢見ることだってわかった
けれど

あなたが最後に見る夢に
わたしがいるって自信はない

その夢が
あなたのほんとのしあわせか
どんなに素敵な夢なのか
聞いてあげられる自信もなくなって

自分に自信がなくなって
謝ることしかできなくなった
ごめんね

ごめんね
謝れば謝るほど
自信がなくなった

たったひとつ
あるとしたら
あなたがわたしに教えてくれたこと全部
最後の最後まで
わたしはつづけていく
あなたが夢をたくしてくれた
励ましの言葉
決してわすれない
いつかはわたしも最後の夢を見る
その時まで

それだけは自信があるんだ
たったそれだけ

あなたが
わたしにくれた

わたしがわたしである
たったひとつの自信



お前にしか出来ないことをしなさい


元気な時も病んでからも、母がわたしに言い続けたのは
お前にしかできないことをしなさい、ということだった。

それはお前にしか出来ない

とか

お前だから出来た

と言って、励ましてくれる母。

わたしが十代で病気をして、入院した時も
お前はこれを病み抜けたら
本当の健康な体を授かるんだから一生懸命療養しなさい
と、あくまでも前向きだった。
姉もそうだった。

家族のなかで、母と姉は真面目で前向きな性質で
父、わたし弟は、少々だらしがないところもある、後ろ向きな性質だった。
わたしはいつも、そんな母と姉に支えられて、ようやく生きていたように思う。

とにかく人や物事に対して、過敏で思い込みが激しく、傷つきやすかったわたしに
母も姉も手を焼いていたことだろう。
自己中心が息をしているような、若い時代。
母の言ったとおり、わたしは病み抜けて、健康を取り戻した。
心も少しずつ、つよくなったけれど
相変わらず、自意識過剰なわりに、自分に自信のない
厄介な性格を、自分でも持て余していた。

憧れは模倣をさせる。
真似したところで、本物にはかなわない。
いつからか、母や姉が得意なことは、あえて避けるようになった。

そのなかでたったひとつ、母の得意な料理だけは
わたしもすすんで教えてもらって、小さい頃から今までずっと
毎日続けている。

母は病んでから、言葉が止めどなくあふれるようになった。
ずっと飽きず思いつくまま記憶をたどり、しゃべり続ける。
そうしてひと通りしゃべり尽くすと、わたしに
お前はお前しかできないことがあるから、しっかりやりなさい
と言う。
真剣な顔。

病んでからの母の、わたしに向けられた言葉は
聖書のなかの言葉のようだった。
わたしはまだ、母がわたしに言った、わたしにしかできないことが何なのかわからない。
そばにいて、母の言葉を聞いてあげることも出来ず
今日も詫びている。










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2017/03/23

あいづち

おかしいね
こんなふうに
ちょっとしたことが
たとえば
たった一言だけ
かわした言葉が
すごく大切におもえてくる
おかしいね

ねー!
っていう
あいづちだけで
あったかくなって

またそんな気持ちになりたくて
こうして
また会えるのを
待ってるなんて

おかしいね

他愛もない話して
ほんのりして
ゆったりして

なのに
心は弾んでくる
会うたび
しあわせなかんじ

それだけで
いいっておもうなんて

おかしいね
そんなことで
一日を過ごすなんて

ほんとはわたし
自分がそんな人になりたいんだ
あなたみたいな人に

あなたの話を聞きながら
ぴったりなあいづちを打って
心をひらいてもらって
こんなふうに
しあわせなかんじになってもらえる
そんな自分でいたいんだ

だけど
いまはまだもらってる
あなたから
あったかさをもらってる

おかしいね
まだよく知らないあなたから
しあわせをもらってる

ぴったりのあいづちを打てる
あなたの
大きな心を
もらってる



あなたはそういう人じゃなかったよ という一言


自分はあきらめがよく、決断が早く、さばさばと生きて行ける人間だと
そう思っていた時期が長かった。
自分ながらガッツがあって頑張れて
体も心も無理がきいて
人にも優しくできて、どんな困難にも立ち向かうことができた。
そういう時代が、たしかにあった。

でも、どっかですり減っていたものがあった。
体も、気がついたときには、自己免疫にやっつけられていた。
心は弱って、長いあいだ外出できなくなったりもした。
自分で自分が、わからなくなった。
まるで、昔むかしの自分に逆行したような、弱い自分。

幼稚園にまともに通うことも困難なくらい、引っ込み思案の子供だった。
園庭で、頭を何針か縫う怪我をするという、不幸な出来事もあって
それから登園拒否になった。
友人に助けられて、ようやく学校生活をつなげていたのだと思う。
集団での行動が苦手、と一言では言えない、違和感。
息苦しくて、逃げ出したくなるような過度の緊張。

高校では、一年で頑張り過ぎて、へこたれてしまったり
振り返ると、自分の能力を超えて頑張って、ぷつんと切れてしまう。
その繰り返し。

続けることが一番の力なんだよ
姉がそう助言してくれた。

母が倒れて、実家に駆けつけ、病院のことやら忙しくしていた時
姉が言った。

あなたはそういう人じゃなかったよ

気働きも、行動も、以前のわたしから考えたら、全く足りないのだと言う。
もっと気がつく、てきぱきした人間だったのにどうしたの?と。

まわりの人たちに、自分がどう見えているのか、なんて気にしたこともなく
頑張れていた自分も、自分だし
気が弱ってへこたれて、後ろ向きな考えしか浮かばず
動転して逆にぼんやりしてしまう、駄目な自分も自分。
わたしは、成長できていなかったんだな、と思い知らされた。

気持ちが安定していることが、大人である証。
たとえ姉弟の前でも、きちんと大人の行動を取るのが
本当に成長した大人のすること。
反省した。

気持ちが一日ごと、いや一日何度もくるくる変わる
それでは、大人とは言えないばかりか
人としても不安定過ぎて、社会では生きて行けないだろう。
そんな不安定はないにしろ、落ち込みや気分の重さを
無理に明るくもっていく頑張りで、へこたれてくる時
明るく大きい心の人に、あたためてもらうことがある。

自分にないものを持っている人から
与えられる小さな安らぎで、頑張ろうという気持ちがわいてくる。
本当の自分は、きっと、そういう人だと、みならって
あたためられた心を、大切にしている。










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2017/03/22

魔法

あなたがかけた魔法が
だんだん解けてきたので
わたしは
あなたに会いたくてたまらない

呪文みたいな
あなたの励ましが
すでに夢のように思われてきて
こんなに晴れた日にも
むなさわぎがして
落ち着かない

慈悲深い空は
ただ青く
木々は一様に空をめざしていた
すっきりと梢は高く
いじらしいほどの伸びをしている
これら木々を越えたら
あなたの居るところ

お日さまをめざし
ぐんぐん成長していく木のように
あなたをめざしていた
ひたすらな心で

あなたはあなたの言葉を知らない
あなたの言葉の力を
それが
わたしたちに愛情を示すばかりでなく
生きるよすがとなっていることを

ことに
よわきわたしには

あなたがあまりにも熱心に
わたしを励まし
念入りにかけたこの魔法を
解いてしまうのも
またあなたなのだ

惑うわたしは
あなたに似ている

あれからわたしは
空を見てはいなかった
命あるものはお日さまに背を向けては
生きていけないというのに
空をめざすこともなく
あなたを追うでもなく
ひとり背を向けて

あなたの示した道に
惑う

無慈悲な空に
お日さまは陰ることなく

今日もあの木々は
上へ上へと向かっているだろう
あなたの魔法がかかった
この道を
あなたの言葉を
燃やすように照らしているのだろう

日陰に逃げ込む
卑怯なわたしに
空は
どこまでも青いことを
知らせているのだろう
魔法が
ほんとうになるように
こんなにもあかるい場所を
わたしに
示してくれているのだろう

魔法が消えかけた
今日は
空を見上げ
あなたのように
お日さまを追う



母の言葉


晴れた空を、見上げることもなく過ごしてしまう。
今日は風が強かった。
どうしようもなく心が沈みそうになるのを、はしゃぐように明るくして
一日が終わる頃には、鏡の中に、びっくりするような自分の顔がある。
泣きだしそうな、途方に暮れた顔。

どこかに、わたしのように、うじうじと、できもしないことに思い悩んで
今日を生きている人が、いるかもしれない。
これを読んで、少しの同調を感じてくれる人が。

いてもたってもいられないような思いだけが、空回りして
一日は実りなく終わっていく。
それでも、いつかは愛する人のために何かができるようにと願う。
遠くにいて、想いを送っている。

愛する母と姉、弟家族が、健康に、平和に、と祈る。
卑近な祈りだと言われても、仕方がない。
それさえかなうなら
この、よい便りをひたすら待っている時間が、一生つづいていてもいい。
わたしからは、伝えるべきよい知らせもなく
誰もそれを望んでもいない。

置き去りにしてしまったものが、いつまでも追いかけてくる。
それでも、今日は終わろうとしている。










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2017/03/21

雨にひそめて

傘にかくれて
雨にひそめて
街に出る

眼は
あなたを探している
わたしによく似たあなたを

あの雪の道を
どこまでも歩いて行った
お揃いの長靴で
ビルの底のアスファルトを蹴る

空は薄暗く
雨つぶの叩く音は重く
急ぐ車の
撥ねる泥は
べったりと
歩道にへばりつく

視界は
すべて
水たまりだらけの足もと
突然の
見知らぬ靴をよけながら
雨の街を行く

見上げれば
黒い空
浄化すら追いつかない雨つぶは
無数の灰色の矢となり
わたしを刺す
真っ直ぐに
わたしを裁く

あの遠くに見える
少しあかるいところに
あなたがいる
この雨は
そこから降って来たのだろう

おぐらいこの心に
臆病なおもいに
雨は容赦なく落ちてくる
それでも

傘に隠れた心は
ほんのりと
あかるくなってゆく
雨にひそめたおもいは
神妙に
ひとつところへ向かう
あなたへ

この長靴は
アスファルトに拒まれ
跳ね返され
それでも心づよく歩いて行く

くじけた心は雑踏に
ごみつぶほども注視されず
心地よく
雪道よりも歩きづらい
でたらめな舗装をされた
水たまりだらけの歩道を
わたしは歩いて行く

雨の日は
わたしにやさしい
雨にひそめて
傘に隠れて
しだいにほどかれてゆく
雨の月曜



雨の日が好き


寒い雨の月曜日。
東京は寒い、と、わたしをはじめ地方出身の人は言う。

海風だろうか。ビル風だろうか。
夏には熱気を、都心から送ってきて
練馬のこのあたりは熱帯のように暑くなり
冬は冷えた空気を上空にためて、冷蔵庫みたいに冷やしているのだ。

ふるさとはあたたかい、と言う人は皆
東京よりもっと寒いはずのところの人。
山にかこまれた盆地であるとか、土地の条件もあるのだろうけれど
本当に、東京は寒い。

雪国仕様のごつい長靴を、姉に買ってもらった。
お揃いで。
昔はなんでもお揃いで、ある時は双子に間違われたりもした。
長靴に付いているベルト、わたしはオレンジを選び
姉はモスグリーンを選んだ。
都会にはなじまないくらい頑丈で丈長だけれど、履くととてもあたたかく
元気になれる。

今日みたいな寒い雨の日は、心細い。
わたしの雨が好きという心理は、どうやら人目を避けるという心理のようだ。
あなたがもし、雨の日、傘をさして心が軽くなったなら
それは気持ちが弱っているということだと思うから
なにか心の足しになるようなことをしてみてほしい。

雨の日に、わたしと似た人はすぐにわかる。
おたがい、雨に身をひそめて、傘に守られて歩いている者同士
安堵の顔をして、バツ悪くすれ違ったりする。

雨。あなたは、雨が好きですか?








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2017/03/20

みんな
それぞれに救いの手が必要なのに
誰かに
この手をさし出さなくてはならない

あなたも
わたしも
ここでこうして
助けを待っているというのに
この手で
誰かを助けなくてはならない

救われるべきは
助けてもらうべきなのは
自分自身のはずなのに

誰かを助け
救いとなっては
報われもせず
疲れきっていて

ずぶずぶと沈み込みそうな
深い闇がそこにある
心はばらばらになって
助けを呼ぶ言葉も見つからない

その手をとれば
この闇は引き下がるのだろうか
この手をさし出したなら
あなたは握ってくれるだろうか
わたしに
気がついてくれるだろうか

勇気はあるだろうか
この手は
まだ力強いだろうか
この闇の淵に
あなたを引き上げることができるだろうか

躊躇するまに
深い闇に
その手が
引きずり込まれないよう

手を握るんだ
しっかりと
その手を掴むんだ
救おうとする自分が傷ついていても
誰より救いを求めていたとしても
さし出された手を握るんだ

救われたい自分
救おうとしている自分
救いをもとめる手
救われるべき手
みんな傷ついて
疲れきっている手を

振りかざすことなく
拳をほどいて
眼の前の手を握るんだ
敵はどこにもいない
勇気さえあれば

ひとつの手には溢れてしまい
ひとつの手には
かなわないことを
今この眼で見るために
さあ

その手を握るんだ



手はあたたかく傷ついた人を包む


わたしの手は、本当に忙しい。
ものを作り出すことが好きで、食事や、縫い物、なんでも手をかけてするのが好き。
一時期は、あまりにも自分で作ることにこだわって、洋服もみんな自分で作っていた。
文章を書くことも、手を使いながら、頭がクリアになっていくような
無心になれる手段のような、そんな気がする。

それなのに、わたしの手は、母の手を握った記憶さえ残していなかった。

自分がどこかに、突然触れられるのが苦手だったから、人に対しても
極力触れないようにと気を使っていたかもしれない。
友だちにも、親にも、姉弟にも。
みんなでお別れに握手をしても、わたしは隅っこでじっと見ているだけだった。

それが、父と母の病気をきっかけに変わった。
手の温もりが、弱った人に痛いくらいに伝わることを知って
今までの自分の、触れることへの怖れのような気持ちが
間違いだったと気づいた。

何を怖れていたのだろう、と考えた。
自分だけが傷ついて、救われたいという、そんな疲れた被害妄想だったのか。
みんな、自分なんかよりずっと頑張って、疲れきっていても
誰かの助けとなっていたのに、わたしの狭い心は
きっと見えない振りしてしまっていた。

自分の力は、頼りない。
できることも限られている。
でもいつかはきっと、今助けられている人の手を握って、わたしが助けとなる。
そうできるようにと、今を頑張る。
いつか必ず、自分を役立てられるように、しっかり前を向く。
こんな自分にも、さしのべる手はある。
さし出された手は、今度はしっかりと握ろう。
平和を願う祈りを、現実のものとするために
つよい自分を育てよう。








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