2017/03/12

最後の夜

咳き込めば
夜はかなしい

あの夜
二人きりの
最後の夜

咳き込むあなたを
わたしはさすった

寝息が響くと
夜はあかるい

このひとときは

永遠と等しい
幸福と等しい
未来と等しい

この瞬間に
絶たれるとしても

言葉はむなしく
息づかいの正しさを
ひたすら追いつづける

あなたと
わたしの
呼吸が合わさって
二人きりの病室に
希望がうまれた

あなたほどにも
潔白でなく
あなたほどにも
勤勉でなく
あなたほどにも
兼愛でなく

もどかしいわたしを
見守ってくれた人よ
あなたに救われて
わたしも
かえってまいります

やがて土や水となって
わたしも
かえってまいります

かえってまいります
わたしもすぐに
あなたの向かっているところへ

あの夜
しずかな夜
規則正しい
寝息と
酸素吸入器の音が
あなたとわたしの
希望の未来だった



生きるということ


親孝行であれば、それだけで、人間としての役割は果たされているという。
親不孝なわたしは、その価値を持たない。
父が亡くなる数日前から、わたしは自分の果たせなかった役割について
父に詫びつづけた。
そして、カーテンを閉め、電気も点けず病室を暗くして
無念さや後悔を語る父の言葉に、ようやく素直に耳を傾けられるようになっていた。

話すことは何もなくなって、死に近いはずの父の顔が、あかるくなった。
気持ちが晴れてきたのをみはからって、カーテンを開けた。
そして、二人で歌をうたったりして過ごした。

「お前の手は、まるで男の手みたいだ」
父が心配そうに言った。

頼まれた家の片付けで、埃アレルギーが起きたとは言えなかった。
父が旅立つ前に、どうしても家中を片付けたかった。
亡くなった後に、残される物は生前とは違う
物ながらも無念のような気配を漂わせることを、知っていたから。
それを片付けるのは、わたしだけでなく、誰にとってもつらい作業になるだろう、と思った。

片付けが終わったことは、告げていなかった。
安堵して、そのまま意識がなくなるのを怖れたのだ。
しかし、見てきたかのように、父が言った。
「片付け、ご苦労さん。ありがとう」
わたしは、うなづいて、ごめんねと謝った。

天国に行こうねと、父と約束した。
わたしもこれからしっかり生きて、きっと天国に行けるように頑張るから
父にも、残りの時間は家族のみんなや病院の先生、看護師さんたち皆さんに
ご挨拶をして、楽しくあかるく過ごしてください、とお願いした。
父は笑って手をのばした。
握手した手は、浮腫んで冷たかった。
父が点滴を拒否した時に、すぐに点滴を止めていたら
と少し後悔した。

死の間際の希望。
死に行く人の希望。
その力強い気持ちに、家族は励まされた。

まだ親不孝なわたしの隣に、父は寄り添ってくれているだろう。
今日は父の大好物の、味噌ラーメンを作った。
こうやって、父といっしょに、母や姉を想って暮らしている。

夜寝つく前には
あの夜の寝息が、まだ聞えてくるような気がする。






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