2017/03/14

まっさらな雨の朝

胸に懐くおもいが
自分の言葉で卑しめられて
ほとほと下卑てしまった
まだ薄ぐらい
夜明けまえ
まっしろな毛布のきれっぱしを
水で洗っている

春だっていうのに
手が切れるような水
雨だっていうのに今日も
山の洗濯をしてそのうえ
こんないらない毛布のきれっぱしまで
手で洗っている

お前がくるまっていた
まっしろい毛布を
注意ぶかく等分して
汚らしいものを覆っていたから
剥ぎ取られてさらけだされたものたちは
わたしの言葉みたいに
うすぎたなく浮きあがる

あした
このうすぎたないものたちを
まっさらにするんだ
そう考えると
みぞおちのあたりがかるくなる
胸のおもいが
おもいのまんまによみがえる
お前が丸まって眠っていた
まっしろい毛布の断片が乾くまでに
ここをまっさらにする

まだお前に癒着して癒えぬものがある
まだお前をたよりにしてつないでいる
まだ言葉をこねくりまわしてやり過ごす
ここにお前はいるんだ
言い聞かせては息をつく

信じていないのは
わたし

お前が眠りからさめて
まっしろい毛布からもじもじと出てくるようで
切り分けてしまったはずのきれっぱしが
つながって
くるまっているお前を
まざまざとみる
お前は

信じてくれるんだね
明日を

今日のうちに
このうすぎたない言葉を
まっさらにするために
うすぎたないものたちを切り刻んでそうして
そこにはあかるい色のものばかりをならべておこう

そうして
洗いあがったまっしろな毛布のきれっぱしをかけて
あたためておこう

水は刺すようだ
おしまいまで洗いあげたら
しらじらとしてきた窓辺に
ようやくとどいた
雨音

声もなく
わたしを信じつづけてくれた
お前の
まっさらなこころのように
しずかな

雨の朝



毎日繰り返すこと


長いあいだ続けていた日記を破り捨てた時、やはり長い長いあいだ書きつづけていた
詩や文章も全部捨ててしまった。
数年が経って、二月からまた書き始めてしまった。

自分が情けなくて、頼りなくて、生きた心地がしなくて。
役立ちたい人がいて、それなのに役に立てなかった。
心を波立たせてしまった。
あなたにわたしの代わりができるか、とまで言わせてしまった。

わたしが代われることは、何もない。
わたしはわたしのできることを、しなくてはならない。
それなのに、苦しくてむなしくて、悪い予感ばかりして
生きることがつらくて仕方がなかった。

自分に何ができるのか。
できることは、しなくてはならないことをすべてして、そこから始めなくてならない。
手間ばかりかけていることをこなすために、早朝に起きだす。
朝は、少しは心がかるい。朝はまだ、気持ちがねじくれてこない。
だから毎日朝を待っている。
でも、朝の日差しが怖いこともある。

心がしっかりとしていなくて、ひねくれてくる。
雨が降ると、ほっとするような心理もあって、せつない。

また、自分を責めるから。

それは、心配の、やさしい言葉。
そうだ。
自分を責めて過ごして何にもならないのに、自分を責める。
自分でも信じられない自分を、誰が信じてくれるのだろう?

猫は、一心にわたしを信じていた。
わたしはあの猫を忘れずに、生きなくてはならない。
自分勝手をして、負担をかけている人に、いつかささやかでも
役立つ自分になるために、明日こそは、と思う。
小さな繰り返しをつなげて、身につけて、切り捨てて
いつか、あなたにも響くものを手にできるように。
あの猫の無心の生き方を、忘れないように。






猫の村にお越しくださり
ありがとうございます
ちからづけていただけましたら しあわせです
平和な一日でありますように 
 
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