2017/03/26

いっぱい大好き

夢からさめて
朝まだ暗いうちに起きだす

わたしの一日は
あなたへのおもいと
始まってゆく

むらさきのチューリップ

ラジオの声がした

花言葉は 
永遠の愛

いっぱい大好き
いっぱい大好き

花を愛するあなた
むらさきが好きなあなた

むらさきのチューリップ
置いてる花屋さんは
きっとすてきな街にあるね

あなたはまだ
眠りのなか
枕元の永遠の花に見守られて
うっとりと
夢を見る

いっぱい大好き
いっぱい大好き

あなたの不思議な言葉
かわいらしい
あなたの真実の言葉
わたしも
いっぱい大好き
あなたを
いっぱい大好き

あなたはまだ夢見ている
眠りこけ
まどろんで
お昼間にも夢うつつに
あなたの夢はつづく

夢はきっと
かなえるものじゃなく
夢はたぶん
いだきつづけるもので
夢はこうして
いつも語られて
夢はいつも
ここにあるってことを
あなたがおしえてくれる

いっぱい大好きなあなたの
いっぱい大好きな夢に
むらさきのチューリップが
咲いてくれますように

永遠の愛をくれる
あなたのために
わたしは祈る

あなたが今日も
笑っていてくれますように

いっぱい大好き
いっぱい大好き

今朝
こちらは雨です
寒い雨の日曜日です



真実の言葉


病から後の母の言葉は、かわいらしい。
言葉だけでなく普段の様子も、よろこぶ笑顔や、怯える姿ですら
とてもかわいらしい。

近くにいて日々の変化をみてあげられないので
断片的にわたしに焼きついた
母の姿、表情を、毎日毎日何度も何度も、思い返す。
姉とお話して、笑っている姿を想像する。

姉は仕事が本当に忙しいので、体を壊してしまわないかと心配で
いつも母のお世話をしてくれている姉のことを
母をおもう都度、おもっている。
ようやく春めいてきた今頃は、すこし自分の時間がとれていたらいいのだけれど
これからまた忙しくなる姉のことも、頭から離れないのだ。
申し訳ない気持ちと、心からの感謝とで、胸がいっぱいになる。

母が話す不思議言葉を、そばにいてずっと聞いてあげられないことは
とても悲しい。
早朝のラジオは、元気な時に母も毎日聴いていた。
よく電話でラジオの話題もおしえてくれた。花言葉も好きだった。
心が弱っている時、ラジオは慰めになると言っていた。
わたしもラジオを聴きはじめた。

先日、ラジオで終末ケアの専門医の話があった。

とにかく、おそばにいてお話を聞いてあげることですよ、と言う。

胸が詰まった。
彼はその後に、最後を看取る親族をねぎらい、こう続けた。

離れていたら、ずっと思いを送っているというのも、いいんですよ
必ず伝わりますよ

優しい人だと思った。

申し訳ない気持ちは、ひとりでいる時間に加速する。
母や姉が、遠く遠く感じて、苦しいばかりの日常に
こうして手をさしのべてくれる人がいる。
しっかりしなくちゃ、そう思う。
何もできない自分のもどかしさ、いたたまれない気持ち。

ラジオを聴いていた母も、こんな気持ちだったろうか。

寒い雨の日。
母と姉が元気でいてくれますように。

そして
どこかでわたしと似たような思いをいだく
あなたの一日が今日も
よい一日でありますように。










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2017/03/25

うつくしくなりたい

わたしの言葉は
砕けた心のかけらを拾う

わたしの心は
疲れたからだの重みを背負う

だから
いつまでも
言葉はうつくしくならない

こんなかんたんな言葉が
伝わらないのなら
わたしの空っぽな心には
愛がないってことぐらい
わかっているんだ
とっくに

愛という芯がないから
こんなやさしい言葉でさえ
あなたの心には
とどまらず
すぐに
ばらばらに散ってゆく

こんがらがった頭で
言葉をどっかから借りてきて
信じられない使い方や
まだ誰もしてない組み合わせで
誰かを

あなたを
ぎゃっ!
と言わせなくちゃいけないのなら

愛なんて
もういらないのだろうか?

愛のない自分が
あなたに見透かされてしまうより
そっちのほうがいいって
自分をごまかしてたんだ

愛は
記憶も
理性も知性も
感情さえ失くしてしまっても
最後まで残る

愛が残された心は
やわらかく
不思議な言葉となって

あなたから溢れ出す
際限なく

そうして
途切れることも許されず
あなたを使って
愛の言葉は伝えられる
わたしに
愛のないこのわたしにも

わたしがもしも
うつくしくなれるとしたら
あなたの言葉を全部
わたしのものとしなくてはならない
そうして
わたしの心が愛に満たされ
言葉がうつくしくなったときには
この祈りも届く

わたしの言葉は
あなたの言葉の真似をする
わたしの心は
過去の記憶にしがみつく
だから

なかなかうつくしくならない
いよいよ愛に遠く
心はむなしい
それでも

うつくしくなりたい
あなたのように

うつくしくなりたい
あなたの愛の言葉の
ひとつになって
もう一度
あなたから生まれたい



この瞬間にも言葉は溢れ


朝は、体も心も新しく生まれ変わって、悲しいことや切ないことに
ほんの少しだけ、蓋をしておくことができる。
そんな朝に、心から湧き出てくる言葉。

その言葉といっしょに、一日過ごす。
書きとめられないまま時間が過ぎて、忘れ去られてしまう言葉は
そのままでいい。
夕刻、こうして書き出される言葉は、朝の言葉のなかの、わずか。
考えるでもなく、練り上げられるでもなく、残っていた言葉をつなげる。

おしゃべりのように、無意味につながって、頭が空っぽになって
どんどん言葉が溢れる。
悩んでいる苦しんでいることを、こまかくしてかき集めて掃き出すように
つながっては、消えて行く言葉。

女の人が元気なのは、よくしゃべるからだという。
しゃべることで頭のなかを空っぽにして、発散する。
もしそうだとしたら、母はまだ、苦しみと闘っているのかもしれない。
忘れてしまいたいことが、まだいっぱいあるのかもしれない。
しゃべる言葉は、そのまま消えて、心に残ったものだけが、一人歩きする。
前後も、脈絡もなく、言葉だけが残って
いつまでも心のなかを支配しては、その苦しさに右往左往する。

詩はこんなにいい加減に、毎日書き散らしても、きっと届かない。
言葉を使うのが人間だけなら、もっと人間らしいあたたかさや
愛情あふれる言葉で埋め尽くしたい。
あなたの心に触れたい。
いつかは、きっと。

日々は、ただ母をおもう。
天国の父をおもう。
ひとり母を見守る姉をおもう。
このおもいが本物ならば、いつか本物の詩がたったひとつでもいいから
生まれてきてほしいと願う。
やさしくあたたかい、愛ある言葉が生まれて、あなたに届くように、と願う。










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2017/03/24

自信

あなたが忘れたわたしのことを
わたしがまだ覚えてるって自信はない
わたしが忘れた大事なことを
あなたに思いだしてもらえる自信もない
だから

時間が過ぎて行くのが
こんなにも怖くて
無意識に過ごせる時間もなくなって

あなたをおもっている

最後の最後に
わたしたちに残されるのは
夢見ることだってわかった
けれど

あなたが最後に見る夢に
わたしがいるって自信はない

その夢が
あなたのほんとのしあわせか
どんなに素敵な夢なのか
聞いてあげられる自信もなくなって

自分に自信がなくなって
謝ることしかできなくなった
ごめんね

ごめんね
謝れば謝るほど
自信がなくなった

たったひとつ
あるとしたら
あなたがわたしに教えてくれたこと全部
最後の最後まで
わたしはつづけていく
あなたが夢をたくしてくれた
励ましの言葉
決してわすれない
いつかはわたしも最後の夢を見る
その時まで

それだけは自信があるんだ
たったそれだけ

あなたが
わたしにくれた

わたしがわたしである
たったひとつの自信



お前にしか出来ないことをしなさい


元気な時も病んでからも、母がわたしに言い続けたのは
お前にしかできないことをしなさい、ということだった。

それはお前にしか出来ない

とか

お前だから出来た

と言って、励ましてくれる母。

わたしが十代で病気をして、入院した時も
お前はこれを病み抜けたら
本当の健康な体を授かるんだから一生懸命療養しなさい
と、あくまでも前向きだった。
姉もそうだった。

家族のなかで、母と姉は真面目で前向きな性質で
父、わたし弟は、少々だらしがないところもある、後ろ向きな性質だった。
わたしはいつも、そんな母と姉に支えられて、ようやく生きていたように思う。

とにかく人や物事に対して、過敏で思い込みが激しく、傷つきやすかったわたしに
母も姉も手を焼いていたことだろう。
自己中心が息をしているような、若い時代。
母の言ったとおり、わたしは病み抜けて、健康を取り戻した。
心も少しずつ、つよくなったけれど
相変わらず、自意識過剰なわりに、自分に自信のない
厄介な性格を、自分でも持て余していた。

憧れは模倣をさせる。
真似したところで、本物にはかなわない。
いつからか、母や姉が得意なことは、あえて避けるようになった。

そのなかでたったひとつ、母の得意な料理だけは
わたしもすすんで教えてもらって、小さい頃から今までずっと
毎日続けている。

母は病んでから、言葉が止めどなくあふれるようになった。
ずっと飽きず思いつくまま記憶をたどり、しゃべり続ける。
そうしてひと通りしゃべり尽くすと、わたしに
お前はお前しかできないことがあるから、しっかりやりなさい
と言う。
真剣な顔。

病んでからの母の、わたしに向けられた言葉は
聖書のなかの言葉のようだった。
わたしはまだ、母がわたしに言った、わたしにしかできないことが何なのかわからない。
そばにいて、母の言葉を聞いてあげることも出来ず
今日も詫びている。










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2017/03/23

あいづち

おかしいね
こんなふうに
ちょっとしたことが
たとえば
たった一言だけ
かわした言葉が
すごく大切におもえてくる
おかしいね

ねー!
っていう
あいづちだけで
あったかくなって

またそんな気持ちになりたくて
こうして
また会えるのを
待ってるなんて

おかしいね

他愛もない話して
ほんのりして
ゆったりして

なのに
心は弾んでくる
会うたび
しあわせなかんじ

それだけで
いいっておもうなんて

おかしいね
そんなことで
一日を過ごすなんて

ほんとはわたし
自分がそんな人になりたいんだ
あなたみたいな人に

あなたの話を聞きながら
ぴったりなあいづちを打って
心をひらいてもらって
こんなふうに
しあわせなかんじになってもらえる
そんな自分でいたいんだ

だけど
いまはまだもらってる
あなたから
あったかさをもらってる

おかしいね
まだよく知らないあなたから
しあわせをもらってる

ぴったりのあいづちを打てる
あなたの
大きな心を
もらってる



あなたはそういう人じゃなかったよ という一言


自分はあきらめがよく、決断が早く、さばさばと生きて行ける人間だと
そう思っていた時期が長かった。
自分ながらガッツがあって頑張れて
体も心も無理がきいて
人にも優しくできて、どんな困難にも立ち向かうことができた。
そういう時代が、たしかにあった。

でも、どっかですり減っていたものがあった。
体も、気がついたときには、自己免疫にやっつけられていた。
心は弱って、長いあいだ外出できなくなったりもした。
自分で自分が、わからなくなった。
まるで、昔むかしの自分に逆行したような、弱い自分。

幼稚園にまともに通うことも困難なくらい、引っ込み思案の子供だった。
園庭で、頭を何針か縫う怪我をするという、不幸な出来事もあって
それから登園拒否になった。
友人に助けられて、ようやく学校生活をつなげていたのだと思う。
集団での行動が苦手、と一言では言えない、違和感。
息苦しくて、逃げ出したくなるような過度の緊張。

高校では、一年で頑張り過ぎて、へこたれてしまったり
振り返ると、自分の能力を超えて頑張って、ぷつんと切れてしまう。
その繰り返し。

続けることが一番の力なんだよ
姉がそう助言してくれた。

母が倒れて、実家に駆けつけ、病院のことやら忙しくしていた時
姉が言った。

あなたはそういう人じゃなかったよ

気働きも、行動も、以前のわたしから考えたら、全く足りないのだと言う。
もっと気がつく、てきぱきした人間だったのにどうしたの?と。

まわりの人たちに、自分がどう見えているのか、なんて気にしたこともなく
頑張れていた自分も、自分だし
気が弱ってへこたれて、後ろ向きな考えしか浮かばず
動転して逆にぼんやりしてしまう、駄目な自分も自分。
わたしは、成長できていなかったんだな、と思い知らされた。

気持ちが安定していることが、大人である証。
たとえ姉弟の前でも、きちんと大人の行動を取るのが
本当に成長した大人のすること。
反省した。

気持ちが一日ごと、いや一日何度もくるくる変わる
それでは、大人とは言えないばかりか
人としても不安定過ぎて、社会では生きて行けないだろう。
そんな不安定はないにしろ、落ち込みや気分の重さを
無理に明るくもっていく頑張りで、へこたれてくる時
明るく大きい心の人に、あたためてもらうことがある。

自分にないものを持っている人から
与えられる小さな安らぎで、頑張ろうという気持ちがわいてくる。
本当の自分は、きっと、そういう人だと、みならって
あたためられた心を、大切にしている。










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2017/03/22

魔法

あなたがかけた魔法が
だんだん解けてきたので
わたしは
あなたに会いたくてたまらない

呪文みたいな
あなたの励ましが
すでに夢のように思われてきて
こんなに晴れた日にも
むなさわぎがして
落ち着かない

慈悲深い空は
ただ青く
木々は一様に空をめざしていた
すっきりと梢は高く
いじらしいほどの伸びをしている
これら木々を越えたら
あなたの居るところ

お日さまをめざし
ぐんぐん成長していく木のように
あなたをめざしていた
ひたすらな心で

あなたはあなたの言葉を知らない
あなたの言葉の力を
それが
わたしたちに愛情を示すばかりでなく
生きるよすがとなっていることを

ことに
よわきわたしには

あなたがあまりにも熱心に
わたしを励まし
念入りにかけたこの魔法を
解いてしまうのも
またあなたなのだ

惑うわたしは
あなたに似ている

あれからわたしは
空を見てはいなかった
命あるものはお日さまに背を向けては
生きていけないというのに
空をめざすこともなく
あなたを追うでもなく
ひとり背を向けて

あなたの示した道に
惑う

無慈悲な空に
お日さまは陰ることなく

今日もあの木々は
上へ上へと向かっているだろう
あなたの魔法がかかった
この道を
あなたの言葉を
燃やすように照らしているのだろう

日陰に逃げ込む
卑怯なわたしに
空は
どこまでも青いことを
知らせているのだろう
魔法が
ほんとうになるように
こんなにもあかるい場所を
わたしに
示してくれているのだろう

魔法が消えかけた
今日は
空を見上げ
あなたのように
お日さまを追う



母の言葉


晴れた空を、見上げることもなく過ごしてしまう。
今日は風が強かった。
どうしようもなく心が沈みそうになるのを、はしゃぐように明るくして
一日が終わる頃には、鏡の中に、びっくりするような自分の顔がある。
泣きだしそうな、途方に暮れた顔。

どこかに、わたしのように、うじうじと、できもしないことに思い悩んで
今日を生きている人が、いるかもしれない。
これを読んで、少しの同調を感じてくれる人が。

いてもたってもいられないような思いだけが、空回りして
一日は実りなく終わっていく。
それでも、いつかは愛する人のために何かができるようにと願う。
遠くにいて、想いを送っている。

愛する母と姉、弟家族が、健康に、平和に、と祈る。
卑近な祈りだと言われても、仕方がない。
それさえかなうなら
この、よい便りをひたすら待っている時間が、一生つづいていてもいい。
わたしからは、伝えるべきよい知らせもなく
誰もそれを望んでもいない。

置き去りにしてしまったものが、いつまでも追いかけてくる。
それでも、今日は終わろうとしている。










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2017/03/21

雨にひそめて

傘にかくれて
雨にひそめて
街に出る

眼は
あなたを探している
わたしによく似たあなたを

あの雪の道を
どこまでも歩いて行った
お揃いの長靴で
ビルの底のアスファルトを蹴る

空は薄暗く
雨つぶの叩く音は重く
急ぐ車の
撥ねる泥は
べったりと
歩道にへばりつく

視界は
すべて
水たまりだらけの足もと
突然の
見知らぬ靴をよけながら
雨の街を行く

見上げれば
黒い空
浄化すら追いつかない雨つぶは
無数の灰色の矢となり
わたしを刺す
真っ直ぐに
わたしを裁く

あの遠くに見える
少しあかるいところに
あなたがいる
この雨は
そこから降って来たのだろう

おぐらいこの心に
臆病なおもいに
雨は容赦なく落ちてくる
それでも

傘に隠れた心は
ほんのりと
あかるくなってゆく
雨にひそめたおもいは
神妙に
ひとつところへ向かう
あなたへ

この長靴は
アスファルトに拒まれ
跳ね返され
それでも心づよく歩いて行く

くじけた心は雑踏に
ごみつぶほども注視されず
心地よく
雪道よりも歩きづらい
でたらめな舗装をされた
水たまりだらけの歩道を
わたしは歩いて行く

雨の日は
わたしにやさしい
雨にひそめて
傘に隠れて
しだいにほどかれてゆく
雨の月曜



雨の日が好き


寒い雨の月曜日。
東京は寒い、と、わたしをはじめ地方出身の人は言う。

海風だろうか。ビル風だろうか。
夏には熱気を、都心から送ってきて
練馬のこのあたりは熱帯のように暑くなり
冬は冷えた空気を上空にためて、冷蔵庫みたいに冷やしているのだ。

ふるさとはあたたかい、と言う人は皆
東京よりもっと寒いはずのところの人。
山にかこまれた盆地であるとか、土地の条件もあるのだろうけれど
本当に、東京は寒い。

雪国仕様のごつい長靴を、姉に買ってもらった。
お揃いで。
昔はなんでもお揃いで、ある時は双子に間違われたりもした。
長靴に付いているベルト、わたしはオレンジを選び
姉はモスグリーンを選んだ。
都会にはなじまないくらい頑丈で丈長だけれど、履くととてもあたたかく
元気になれる。

今日みたいな寒い雨の日は、心細い。
わたしの雨が好きという心理は、どうやら人目を避けるという心理のようだ。
あなたがもし、雨の日、傘をさして心が軽くなったなら
それは気持ちが弱っているということだと思うから
なにか心の足しになるようなことをしてみてほしい。

雨の日に、わたしと似た人はすぐにわかる。
おたがい、雨に身をひそめて、傘に守られて歩いている者同士
安堵の顔をして、バツ悪くすれ違ったりする。

雨。あなたは、雨が好きですか?








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2017/03/20

みんな
それぞれに救いの手が必要なのに
誰かに
この手をさし出さなくてはならない

あなたも
わたしも
ここでこうして
助けを待っているというのに
この手で
誰かを助けなくてはならない

救われるべきは
助けてもらうべきなのは
自分自身のはずなのに

誰かを助け
救いとなっては
報われもせず
疲れきっていて

ずぶずぶと沈み込みそうな
深い闇がそこにある
心はばらばらになって
助けを呼ぶ言葉も見つからない

その手をとれば
この闇は引き下がるのだろうか
この手をさし出したなら
あなたは握ってくれるだろうか
わたしに
気がついてくれるだろうか

勇気はあるだろうか
この手は
まだ力強いだろうか
この闇の淵に
あなたを引き上げることができるだろうか

躊躇するまに
深い闇に
その手が
引きずり込まれないよう

手を握るんだ
しっかりと
その手を掴むんだ
救おうとする自分が傷ついていても
誰より救いを求めていたとしても
さし出された手を握るんだ

救われたい自分
救おうとしている自分
救いをもとめる手
救われるべき手
みんな傷ついて
疲れきっている手を

振りかざすことなく
拳をほどいて
眼の前の手を握るんだ
敵はどこにもいない
勇気さえあれば

ひとつの手には溢れてしまい
ひとつの手には
かなわないことを
今この眼で見るために
さあ

その手を握るんだ



手はあたたかく傷ついた人を包む


わたしの手は、本当に忙しい。
ものを作り出すことが好きで、食事や、縫い物、なんでも手をかけてするのが好き。
一時期は、あまりにも自分で作ることにこだわって、洋服もみんな自分で作っていた。
文章を書くことも、手を使いながら、頭がクリアになっていくような
無心になれる手段のような、そんな気がする。

それなのに、わたしの手は、母の手を握った記憶さえ残していなかった。

自分がどこかに、突然触れられるのが苦手だったから、人に対しても
極力触れないようにと気を使っていたかもしれない。
友だちにも、親にも、姉弟にも。
みんなでお別れに握手をしても、わたしは隅っこでじっと見ているだけだった。

それが、父と母の病気をきっかけに変わった。
手の温もりが、弱った人に痛いくらいに伝わることを知って
今までの自分の、触れることへの怖れのような気持ちが
間違いだったと気づいた。

何を怖れていたのだろう、と考えた。
自分だけが傷ついて、救われたいという、そんな疲れた被害妄想だったのか。
みんな、自分なんかよりずっと頑張って、疲れきっていても
誰かの助けとなっていたのに、わたしの狭い心は
きっと見えない振りしてしまっていた。

自分の力は、頼りない。
できることも限られている。
でもいつかはきっと、今助けられている人の手を握って、わたしが助けとなる。
そうできるようにと、今を頑張る。
いつか必ず、自分を役立てられるように、しっかり前を向く。
こんな自分にも、さしのべる手はある。
さし出された手は、今度はしっかりと握ろう。
平和を願う祈りを、現実のものとするために
つよい自分を育てよう。








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2017/03/19

風になって消えてゆくのなら

風になって
吹いてゆくなら
なつかしい桜の花びらに
そっと触れながら
ゆっくりと吹いてゆきたい

風になって
吹いてゆくなら
あなたの頬を撫で
わたしはここよ

最後に告げたい

いつかこの身は朽ち
真白い灰となり
風に舞うほどに
かるくかるくなって
神様のもとへと吹いてゆくのです

できることは
あるのでしょうか
命の意味とは
いったいなんでしょう

たったひとつ
しあわせの記憶
たったひとつでも
どこかに残せるなら
それだけで
生きる目的は果たせるでしょうか

旅立ちに
見送られていた自分は
つい昨日のようで
遠い遠い過去でもあって
ただ
あなたの
ゆがんだ笑い顔が
浮かんでは
消えてゆくのです

あの日
手放してしまったものが
そのぬくもりが
まだ鮮明にここに残って
いつまでもわたしを迷わせているから

天国は遠く遠く
罪を悔いる時間は
あるのでしょうか
この孤独と
沈黙と
そこから
どうか
わたしをつよくしてください
どうか

わたしをあなたに
近づけてください
どうか
どうか

わたしを澄んだ風のようにして
あなたのいるところまで
吹き渡らせてください
いつか

いつか風になって
消えてゆくばかりのこの身ならば
いま
わたしをことごとく削ぎ落とし
かるくかるくして
言葉を授けてください

そうしたら
言葉は風のように
どこか遠くに飛んでゆき
わたしの命は
微かにも
輝きを見いだせるでしょう
その時
わたしを産んでくれた母に
わたしの生きた証を
届けることもできるでしょう

いつか
風になって消えてゆくのなら
このおもいを

燃やし尽くしたいのです



天国が近づいて


友はすでに幾人か、天国に旅立っていた。
でも、天国はまだ遠かった。
若かったこともあったけれど、悲しみが深く、あきらめられぬ思いがつよかった。
父が亡くなって、ふとした拍子に弟や義妹と
亡骸をどうしたいかというような話になった。
実家には 父が生前に新しくしていた立派な墓があった。
父はそこに入るのは決まっているが、自分たちはどうしたいのか、という話は
まったく予想も計画もなく、考えもしないことだった。

海に撒く、土にかえす、山で風に吹かせて・・・
そういうことを考えられたのは、父の旅立ちで天国が近づいたからだろう。
義妹も父親を見送っていた。
身内が天国にいるという思いは、どこかでは安らぎでもある。

風になって
土になって

どのような方法でも、お墓はいらない。
消えていくのが一番いい、というような話を義妹とした。
体が消えるのだから、高所恐怖症のわたしも、風になって舞ったり
山から散っていっても、なにも怖いものはない。

けれど、みんなまだまだするべきことが沢山あって
健康に自分の生活を守って、それからずっと後の話なのだ。
姉にまかせきりの母のことも、本当につらいものがある。

伝わることがあるなら、伝えたい。
母に、またありがとうを伝えたい。
姉にも。
ふるさとの桜が咲く頃が近づいてくると、心がしめつけられるような
申し訳なさで、いたたまれない。








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2017/03/18

今日は今日で生きていく

今日は今日で
今日のことをする
心の動きを気にもとめずに
今日のことをする

ほんとはでたらめに
やり残したっていいんだ
そうすれば
もっと深刻な気がかりを
しばらくは忘れていられる

もすこし気を抜いてもいいし
ちょっとは
やさぐれてたっていいんだし
それはそれでいいんだ
だって
大事なことはきっと
もっとほかにあるんだ
でも

今日は今日で
今日のことをする
うじうじした自分を
ほっとくために
今日しか会えない
あなたのために

ほんとはもっと
伝えたいことがあるんだ
心の底から
話したいことがあるんだ
どうしようもなく
聞いてほしいこともあるんだ
だけど

ほんとうに話を聞いてほしいのは
あなただっていうことも
わかっているんだ
だから

話を聞いてあげたい
あなたの
不思議につじつまが合う
取りとめもない話
永遠につづくかのような
じゅずつなぎの
あなたのしあわせの記憶

今日は今日で
することがあって
一日は忙しく始まった
あなたはきっと今頃は笑っている
いつものように
取りとめのない話をして
笑っているんだ多分
なのに

涙がこぼれた
急に
すべてが色あせた
急にすべてが消えうせる

ぐっとこぶしを硬くして
涙をぬぐった
涙はぬるくて
しょっぱくて
なんだか

変におかしくなった
ぐちょぐちょな顔で
おかしくなって
ひとりで笑ってみた
だいじょうぶ

そう自分で言ってみた
がんばろうって言ってみた
今日だけは
今日だけは


今日は今日で
今日の心で生きる
たとえほんとの心は
どっかに
置いてけぼりにされてたとしても
それでも
今日は今日で
生きていく



毎日のこと 日々の願い


以前は毎日は、もっと単純で、平坦だった。
けれどそれは、振り返って気づいたこと。
失って気づいたこと。

大事なことも見えなくなって、沢山のものを失ったり
自分から捨てるように、粗末にしてしまった時間があって
そうやってないがしろにされたものからは
手痛いしっぺ返しを食らったりもした。

今日を大切に生きるなんて、当たり前のことなのに
そうできている実感がなく、はらはらして過ごしているのは
やはり故郷の母と姉のことが、いつも頭から離れないから。

春になって、雪片付けがなくなったことで
すこしは姉の体が楽になってくれて
夜少しでもゆっくりと休めていてくれたら、と願い
母の片麻痺が悪くならず、痛まないでいてくれたら、と願う。

そういう自分の気持ちが、せめて、どこかにつながっていって
母と姉に何かよいことがおきたらいいな、と思う。
姉がいてくれて、それにどっぷり甘えっ放しのままで過ごしている自分。
家族は元気でいてくれるということが、当たり前だった。
その幸福な記憶を、まだ姉がひとりで
故郷で、必死に守ってくれているのだ、と思って心から感謝している。

姉への感謝の気持ちと
母が小康状態を保っていてくれることのありがたさを
この瞬間も、片時も忘れないでいることしか、わたしにできることはないから
無駄にやり過ごす時間がないように
一生懸命、今日のことをして、明日に向かう。

いつも本当にありがとう。

母が、今日も笑っていてくれますように。
姉が健康でいてくれますように。








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2017/03/17

春の葬列

守られなかった約束があって
いまだ心とらわれて
離れず
あなたの影が追いつき
背後から
ずっしりと
おおいかぶさってくる

身をすくめる
立ち止まる

わたしは待っていた
わたしは
まだ
待っている

黒い影がわたしを追い抜いて
あなたが
微笑みながら
ゆっくりと振り返るのを

守れなかった約束に
縛られたままの心は
季節が巡るたびわたしを吸い取っていく

あなたは美しいまま
笑っているんだ
わたしだけ老いさらばえてしまうのだろうね
こうして

あの日あなたが
あの約束を果たし
あの日あの時
わたしのもとへ来てくれていたなら

讃美歌の声は突き抜け
清らかに明るく
悲しみを追い出そうとする
この大らかさはどうだ
このいたましい煌びやかさは

旅立ちという名の
封印
はなやかな
はなやかな
封印

葬列は
薬臭い百合の花の匂いがした
棺に
あなたはいなかった

これは全部
嘘っぱちだ
これは何かのお芝居なのだ
これは
これは

叫び出して目覚める
何度も何度も見慣れた悪い夢だ
春の命の営みがさんざめく
遥かな外界から
隠れる

雨戸の閉ざされた夜は
明けず
朝は遠く

明けない夜はないというんだね
あなたですら

そう
明けない夜はないんだよ
あれから
幾年が過ぎたのかさえ
忘れてしまったのだから
哀しみと喪失の残骸だけが残り
からっぽになった心は
もう忘れてしまえと言うのだから

春が来て
くり返し
ひなたの洗礼を受けて
じりじりと傷む皮膚をなだめながら
白い日傘をひらく

日傘は翳らず
隠れるところもなく
逃げ場所もなく
白い日傘をさして
狂い女のように
わたしも
春の葬列に紛れていく



守られなかった約束 守れなかった人


あの時こうしていたら、あの時もしもあの言葉を言っていなかったら。
絶望に近い後悔が、今もよみがえる。
運命はどうしようもなく、あらかじめ決められているのだろうか。
運命を信じていいほど、人間は無力なのだろうか。
若く美しいままに、旅立つ人に、わたしは全くの無力の存在だった。

もしかしたら、これも言い逃れなのかもしれない。
また会えることを信じて、ないがしろにしてしまった気持ちへの。
守られなかった約束もあった。
守れなかった約束も。
自分のお気楽さ、いい加減さ。
そして運命を、あたかも自分が変えてしまったかのような、思いあがりで
いまだに引きずっている感情を、いつまでも手放すことができない。

明日会いたい人がいたなら、今日会うべきなのだ。
会えないのなら、きちんと生きて、会うことがかなうその日まで
自分自身を高めるために時間を使うべきだ。わかっているのに。

春に旅立った人たちは、春に生まれていた。
だから、春を悲しんでいてはいけない。

いつからか、春は果てなく切ない季節になって
わたしを落ち着かなくさせる。
春を愛しむ想いがわいては、同じくらいに、悲しみも溢れる。
母のこれからのことをおもうたび、過ぎた後悔よりももっと
切なくつらくなるものが、ここにある現実に、打ちひしがれる。
ここで、母をおもうことしかできないから
天国で今は安らかな人たちに、祈りを捧げていよう。
感謝の心を伝えよう。

今年も、わたしは無事に春をむかえました。






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2017/03/16

 春のゆめ

春は好き
春は好き

春は桜が咲くから

春が好き
春が好き

あなたがうまれた季節だから


 春のあした

冬のあいだ
かじかんでいた手が
寒さ舞い戻った東京で

厚い手袋をはめられ
窮屈なポケットに突っ込まれ
街なかの気配も知らず
そのまま

バスのつり革を握らされ
地下鉄のステンレスのポールに
しがみつき

ようやく辿りつく
病院の玄関のところで
息苦しい手袋をはずされて

のびのびと
春と握手する


 春の日

雨があがって
日にあたれば

ちりちりとあかくなる
弱っちい肌が
小声でささやく

春が来たんだね

カーテンを開け
窓に背を向けて
正座をして
洗濯ものをたたむ

黒いフリースのうしろから
まあるいお日さまが
ゆっくり
ふんわりとおんぶしてきたよ


 春の夕

桜の
つぼみ一粒に
ひとつずつ
希望が芽生えれば

この道をゆく人はみな
よろこびにみちてゆく

青みくる草
一本一本に
それぞれ夢が伸びるなら
大地が力をあたえてくれる

吹く風が
頬をなで
あなたをあたたかくつつむとき
きっと
涙はかわいていく

夕暮れ
鳩が鳴くころには
のどかに
しずまっていく
わたしの心





春に生まれた人


ともだちは、春に生まれた人ばかりだった。
尊敬する大好きな姉も、春に生まれた人。

冬に生まれた自分が、寒さを全身でうけながら
向かっていったであろう春。
あたたかくなっていく喜びを、赤子ながらに感じとっていたに違いない。

春に生まれた人は、体も心も健康。
植物も、生きるものすべてが、ゆたかに成長する季節を経て
しっかりと育っていく春に生まれた人を
冬生まれのわたしは、あまり上等とはいえない体と心で
ずっとずっと追いかけて来たのだ。

春は、心あかるく
春は、せつなく
春は、今、すこし哀しくやって来る。

春、あなたに希望がみちる季節でありますように。






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2017/03/15

うつくしいもの

うつくしいものが好きなのに
わたしは醜い
うつくしいものを愛したいのに
見極める力がない

ただ
うつくしいものに憧れる
うつくしいものに魅かれる

うつくしさとは
冷酷で
怖気て近づいてもいけず
真にうつくしいかどうか
たしかめもできないまま
ただ
とおまきに眺めては
こんなに醜いわたしも
うつくしくありたいと願う
ひたに祈る

心のうちのうつくしさは
強靭に守られる
かたちあるもののうつくしさは
脆く危うく
卑しいものたちにも見つけだされては
穢されてしまう

うつくしいものが好きだなどという
この卑屈さによって
不埒に
穢されてゆく
はかなく
うしなわれてゆく

手も触れず
近づくこともせず
このまま
そっとしておこう

もう見つめることもしないで
うつくしい残像を焼き付けるのだ
忍耐と観念で
反芻するのだ
それがたったひとつの
卑しさから逃れる手段なのだ
それがたったひとつの
わたしの良心なのだ

誰のものでもない愛が
そこからうまれてくるよう
ここに
ある日突然
うつくしいものがうまれてくるよう
ここに
うつくしいおもいが
育ってくるように

そっと
そっと
守っていこう

ひたに生きよう
祈って生きよう


うつくしいものを求めて


自分にとって、何が本当にうつくしいものか。
信心、わけへだてのない愛情、忍耐、堪忍、献身。
この身を捧げてかなえたいものこそ、うつくしいもの。

真実とは何か、まだ何もわかっていないけれど
苦しみを過ぎて見えてくるものが
かならずあって、わたしはそれを
与えられたいのではなく
ほんの少しだけでもよいから、自分から近づいていきたいのだろう。
醜さ、脆弱さを、棚に上げて。

身近に、うつくしいと思う母の存在がある。
忍耐づよく、父のため家族のために、努力を惜しまなかった。
姿もうつくしく、どこまでも自分を捧げ尽くした。

そうして押し殺した真の母は、やっと自由になって
今は、自分という夢を、見ているらしい。
うつくしさは、苦しみに耐えてみがかれるのだとしたら
かなしみや、苦しみですら、うつくしく変わるのだろうか。

生きるということが、誰かといても、家族のなかにあっても
孤独で、むなしく儚いものだから
うつくしいものを求めて生きている。
自分の醜さと対峙するとき、はっきりと、うつくしいものが見えてきて
近づきようもないけれど、近づいていきたいと
ひたすら願って、生きている。






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2017/03/14

まっさらな雨の朝

胸に懐くおもいが
自分の言葉で卑しめられて
ほとほと下卑てしまった
まだ薄ぐらい
夜明けまえ
まっしろな毛布のきれっぱしを
水で洗っている

春だっていうのに
手が切れるような水
雨だっていうのに今日も
山の洗濯をしてそのうえ
こんないらない毛布のきれっぱしまで
手で洗っている

お前がくるまっていた
まっしろい毛布を
注意ぶかく等分して
汚らしいものを覆っていたから
剥ぎ取られてさらけだされたものたちは
わたしの言葉みたいに
うすぎたなく浮きあがる

あした
このうすぎたないものたちを
まっさらにするんだ
そう考えると
みぞおちのあたりがかるくなる
胸のおもいが
おもいのまんまによみがえる
お前が丸まって眠っていた
まっしろい毛布の断片が乾くまでに
ここをまっさらにする

まだお前に癒着して癒えぬものがある
まだお前をたよりにしてつないでいる
まだ言葉をこねくりまわしてやり過ごす
ここにお前はいるんだ
言い聞かせては息をつく

信じていないのは
わたし

お前が眠りからさめて
まっしろい毛布からもじもじと出てくるようで
切り分けてしまったはずのきれっぱしが
つながって
くるまっているお前を
まざまざとみる
お前は

信じてくれるんだね
明日を

今日のうちに
このうすぎたない言葉を
まっさらにするために
うすぎたないものたちを切り刻んでそうして
そこにはあかるい色のものばかりをならべておこう

そうして
洗いあがったまっしろな毛布のきれっぱしをかけて
あたためておこう

水は刺すようだ
おしまいまで洗いあげたら
しらじらとしてきた窓辺に
ようやくとどいた
雨音

声もなく
わたしを信じつづけてくれた
お前の
まっさらなこころのように
しずかな

雨の朝



毎日繰り返すこと


長いあいだ続けていた日記を破り捨てた時、やはり長い長いあいだ書きつづけていた
詩や文章も全部捨ててしまった。
数年が経って、二月からまた書き始めてしまった。

自分が情けなくて、頼りなくて、生きた心地がしなくて。
役立ちたい人がいて、それなのに役に立てなかった。
心を波立たせてしまった。
あなたにわたしの代わりができるか、とまで言わせてしまった。

わたしが代われることは、何もない。
わたしはわたしのできることを、しなくてはならない。
それなのに、苦しくてむなしくて、悪い予感ばかりして
生きることがつらくて仕方がなかった。

自分に何ができるのか。
できることは、しなくてはならないことをすべてして、そこから始めなくてならない。
手間ばかりかけていることをこなすために、早朝に起きだす。
朝は、少しは心がかるい。朝はまだ、気持ちがねじくれてこない。
だから毎日朝を待っている。
でも、朝の日差しが怖いこともある。

心がしっかりとしていなくて、ひねくれてくる。
雨が降ると、ほっとするような心理もあって、せつない。

また、自分を責めるから。

それは、心配の、やさしい言葉。
そうだ。
自分を責めて過ごして何にもならないのに、自分を責める。
自分でも信じられない自分を、誰が信じてくれるのだろう?

猫は、一心にわたしを信じていた。
わたしはあの猫を忘れずに、生きなくてはならない。
自分勝手をして、負担をかけている人に、いつかささやかでも
役立つ自分になるために、明日こそは、と思う。
小さな繰り返しをつなげて、身につけて、切り捨てて
いつか、あなたにも響くものを手にできるように。
あの猫の無心の生き方を、忘れないように。






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2017/03/13

絶対

好きになったら
絶対に嫌いにならない
そんなことはないのに

嫌いになったら
絶対に嫌い
一生嫌い
絶対嫌い
あの人はそういう人だよ
嫌われないように
頑張るんだよ

母がわたしに耳打ちする
ちいさい子供のときから
ずっと

嫌われたら終わり
一巻の終わり
絶対駄目
あの人には気をつけて

でも
やっぱり頑張れなくて
気に入らないことばかりして
嫌われる
母が振り分けてくれた人は
ずばり的中で
用心してないと
嫌われる
本当に予言のように
嫌われる

好きから
嫌いになったり
また好きになったり
大嫌いだったのに
大好きになったり
わたしの気持ちはふにゃふにゃで
絶対なんてなくて

だから
嫌われるのかな

もしかしたら
母もわたしのこと
嫌いだったかな
だから
自分に似ている人に
用心しろと
そういうことだったかな

好きになったら
絶対に嫌いにならないなんてことも
きっとあるんだろう
母や姉みたいな
つよい意志をもった人なら

いちど嫌いになったら絶対駄目
絶対嫌い
嫌われたらおしまい
でも

わたしはもう
何度も何度も
嫌われてる
きっと
母にも姉にも
何度も何度も嫌われてる
いやになるくらい
きっと嫌われてる

絶対のあとには嫌いがついてくる
ゆるさないとか
マイナスの言葉がついてくる

絶対は
絶対値みたいに
嫌いもゆるさないも
単なる符号にして
無くしてしまうんだ
絶対だけが残るんだ
だからかろうじて
まだ切り捨てられてないんだ

絶対は
神様の言葉だから
使ったら絶対だけが大きくなる
爆発的にふくらむ
絶対
と言った瞬間に
ばーん!と
胸のすくおもいがして
絶対の価値はそこで終わってくれたらいい

絶対に
それがいい

わたしは
絶対バカだ
嫌われても
嫌われても
嫌いになれない
これも絶対なのかな


絶対が飛び交う家


離れて暮らして久しくなると、何年かぶりかで帰省という親不孝の度に
父母、姉の会話には、厳しい言葉が多くなっていった。
帰省もままならない親不孝だから、仕方のないこと。
けれど、母だけは表向きは絶対こうしなさい、絶対駄目、と言いながら
母が察知した、わたしが嫌われそうな人物を特定して
あの人には嫌われないように気をつけなさい
などど言うのだった。

これが、きつい。
知り合って間もない人に、異常な緊張感をもって接していくのだから
必ず嫌われるのだ。
こちらは、嫌われているんだろうな、という疑心暗鬼だから
相手はたまったもんじゃなかっただろう。

家族のなかでは、傍若無人にふるまってしまい、減らず口をたたき
捨て台詞を吐き、ひとりでギザギザにとんがっていた馬鹿な時代があった。
だからこその助言だったのだ。
今ならわかる。
母にも姉にも、亡くなった父にも、弟にも、申し訳ない。

病気になって、心がひねくれて、自分か嫌いだった。
そうでなくてもコンプレックスのかたまり。
こうありたい自分なんていうものが、まったく実現できない意志の弱さ。
絶対なんて絶対にない、駄目なわたしは
まだ、みんなに心配かけて迷惑かけている。

母は、もう絶対と言わなくなった。
あのゆるさないと泣いた日を最後に
みんないい人ばかり、誰もわるくないんだよ
と、わたしに繰り返し言った。
誰かをとことん恨んだり憎んだりする根性もないわたしは、母の絶対が消えて
心底ほっとした。

母は、きっとわたしを嫌いだったろうな、とは思う。
でも、もうそれも消えたらしい。






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2017/03/12

最後の夜

咳き込めば
夜はかなしい

あの夜
二人きりの
最後の夜

咳き込むあなたを
わたしはさすった

寝息が響くと
夜はあかるい

このひとときは

永遠と等しい
幸福と等しい
未来と等しい

この瞬間に
絶たれるとしても

言葉はむなしく
息づかいの正しさを
ひたすら追いつづける

あなたと
わたしの
呼吸が合わさって
二人きりの病室に
希望がうまれた

あなたほどにも
潔白でなく
あなたほどにも
勤勉でなく
あなたほどにも
兼愛でなく

もどかしいわたしを
見守ってくれた人よ
あなたに救われて
わたしも
かえってまいります

やがて土や水となって
わたしも
かえってまいります

かえってまいります
わたしもすぐに
あなたの向かっているところへ

あの夜
しずかな夜
規則正しい
寝息と
酸素吸入器の音が
あなたとわたしの
希望の未来だった



生きるということ


親孝行であれば、それだけで、人間としての役割は果たされているという。
親不孝なわたしは、その価値を持たない。
父が亡くなる数日前から、わたしは自分の果たせなかった役割について
父に詫びつづけた。
そして、カーテンを閉め、電気も点けず病室を暗くして
無念さや後悔を語る父の言葉に、ようやく素直に耳を傾けられるようになっていた。

話すことは何もなくなって、死に近いはずの父の顔が、あかるくなった。
気持ちが晴れてきたのをみはからって、カーテンを開けた。
そして、二人で歌をうたったりして過ごした。

「お前の手は、まるで男の手みたいだ」
父が心配そうに言った。

頼まれた家の片付けで、埃アレルギーが起きたとは言えなかった。
父が旅立つ前に、どうしても家中を片付けたかった。
亡くなった後に、残される物は生前とは違う
物ながらも無念のような気配を漂わせることを、知っていたから。
それを片付けるのは、わたしだけでなく、誰にとってもつらい作業になるだろう、と思った。

片付けが終わったことは、告げていなかった。
安堵して、そのまま意識がなくなるのを怖れたのだ。
しかし、見てきたかのように、父が言った。
「片付け、ご苦労さん。ありがとう」
わたしは、うなづいて、ごめんねと謝った。

天国に行こうねと、父と約束した。
わたしもこれからしっかり生きて、きっと天国に行けるように頑張るから
父にも、残りの時間は家族のみんなや病院の先生、看護師さんたち皆さんに
ご挨拶をして、楽しくあかるく過ごしてください、とお願いした。
父は笑って手をのばした。
握手した手は、浮腫んで冷たかった。
父が点滴を拒否した時に、すぐに点滴を止めていたら
と少し後悔した。

死の間際の希望。
死に行く人の希望。
その力強い気持ちに、家族は励まされた。

まだ親不孝なわたしの隣に、父は寄り添ってくれているだろう。
今日は父の大好物の、味噌ラーメンを作った。
こうやって、父といっしょに、母や姉を想って暮らしている。

夜寝つく前には
あの夜の寝息が、まだ聞えてくるような気がする。






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2017/03/11

あたたかい

ふんわりと
つつんでくれる
あたたかい空気をまとった人に
会いたい

突然あらわれても
びっくりしない
堂々たる人に
会いたい

逃げてきた
近づくと
ぴしゃり

冷気を放つ人から

でも
ほんとうは
そんな人がいちばん
あたたかさを求めてる

気づいてても
逃げてきた

自分のあたたかさに
自信がなくて
わたしもきっと
冷たかった

言葉を選ばなくては
傷ついてしまうなら
なにも話さずに
となりにいよう

はっきり言えないことなら
黙って
並んで座ろう

いっしょにいよう
あたたかい空気が
つつんでくれるまで

ひとりは寒いけど
よりそえば
あたたかいから

言葉はなくとも
同じところを見つめていたら
伝わることも
きっとあるから

すこしのあたたかさを
ここにあつめて
みんなで
同じところを見つめていこう

いつか
あたたかくつつみ合えるように
いつか
こころから
話せるように

あたたかい空気をまとった
あなたのように生きたい
何がおきても驚かない
堂々たる
あなたのように生きたい

誰かを
あなたを
あたたかくつつむ
わたしでありたい


考えつづけて
 

東日本大震災から六年となった今日、母が倒れてから二年が過ぎたことになる。
大震災が起きた初秋、何年かぶりで実家に帰った。
あれから、変わったこと、失ってしまったもの
新しく始めたこと、そこからの苦難。
母が病に倒れ、父にも重い病気がわかって
闘病の後天国へ旅立った。
母はまだ病にある。

母は大震災で心を傷め、それら映像は一切見られなくなり
以前にもまして、一層熱心に神仏に拝むようになっていた。
何のためにあんなことが起きなくてはならなかったのか、と嘆きつづけていた。
わたしも、どうして一時に、あれほどの大切な命
かけがえのない魂が、一瞬にして奪われるようなことを
神様はなさったのだろうか、と考えつづけている。

答えは見つからない。
それでも考えつづけている。

東京の電力を作り出すための原発。
むごい人災であった、と済ませるわけにはいかない。
地震と津波、原発事故。この国は、未来永劫に、ここから離れてはいけない。
ひとりひとりが我が事として、考えなくてはいけない。
できることは取るに足りぬ、小さいことであっても
つづけていけば、みんなでやれば、変えられることもきっとある。

底が浅い考えだけれど、自分のできることを考えて始めた。
電子レンジを手放して、電気炊飯ジャーを手放した。ドライヤーも止めた。
寒がりだけど信じられないほどの厚着をして、暖房を最小限にした。
夏は扇風機を活用する。まだまだ、いろんな小さい積み重ねをしている。
やらないよりはやろうと決めた。
東北だけでなく、被災した土地の物をもとめるよう心がける。

毎食炊きたての鍋炊きご飯は、ことのほかおいしくて
ゆたかな気持ちになった。
火加減を見て炊き上げる、たった十五分の時間。
ささやかだけれど、生きているという気持ちになる。
すこしだけでも、走った時のような、はればれとした気持ち。

小さく生きることを選んだ。
自分という小さいものを、どうにかして活かしてみたい、という気持ちがある。
そうして、父のもとへ、胸をはって旅立ちたい。
まだまだ、そのような自分にはなっていない。
できることは限られて、役立たぬことばかりだけれど
迷惑をかけ、負担をかけている人に、支えられているばかりの人生ではあるけれど
感謝の気持ちをかたときも忘れずに、今日も生きている。
苦しみにある人のことを考えて、今日も生きている。

この国が、かならず救いのある国となれるように、考えつづけて
小さくとも、今日もできることをする。






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2017/03/10

ありがとう

足が冷えて
氷みたいになったので
両手に包み
こすってみた

あなたは
こんなことすらできないのです

洗濯物を干しても
料理をしても
お風呂に入っても
お茶を飲んでも
あなたを案じる
母よ

母よ
わたしを憶えていますか
泣くのをやめて
わたしは生きています

泣いて哀れむことは
もうしない
あなたのことも
わたしのことも

それなのに
あなたをお守りくださるようにと
祈る時には
涙があふれてくるのです
わたしのつたない言葉では足りず
祈りは届かないのではないかと
涙があふれてくるのです

神様
神様
神様

神様を呼ぶように
母を呼んでいる

ありがとう
ありがとう
ありがとう

祈りが本物になるように
ただ
ありがとうと
祈っている



自分が生きていていい理由を探す


母が倒れて、明日で二年。
あれからずっと、自分が生きていることが申し訳ないような罪悪感がある。
母のそばにいないで、母の役に立てずに生きていていいのかと、何度も考えた。
日々、自分が生きていていい理由を探している。

祈りが、本物となるように、厳しいものであるように
日常の行動のひとつひとつを、自分として精一杯しているつもりでも
つい無駄に食べ過ぎたり、無為に過ごす時間があると
自分を責めてしまう。
わるい癖。子供の頃からの、よくない考え。

祖母から聞いた話では、母は姉がまだひとり子供であった時
結婚生活のつらさに耐えかねて、実家に何度か逃げ帰った。
最後に逃げ帰った時、お腹にわたしがいたのだと言う。
母と祖母は折り合いが悪く、母はその後、病んでしまう。

わたしさえいなければ、と考える悪い癖はそこから始まった。
母を犠牲にした。
今も、まだ母を犠牲にして、自分は生きているのだ。
生きることは、誰かをしあわせにできることかもしれない。
誰かがしあわせになれば、誰かは不幸になるのかもしれない。
今、たとえ無理に頑張ってでも、わたしが笑っていたら、どこかでは
誰かが泣いているのかもしれない。
自分というものの罪深さ。

それが、母ではないように
それが、姉ではないように
できることなら、誰をも傷つけることがないように
わたしの祈りが、厳しい本物の祈りとなって届くように
祈るべき言葉、伝えるべき言葉は、たったひとつ。

ありがとう。






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2017/03/09

手をつなぐ

今日出会った君と
うまれたてのこの気持ちで
そっと
手をつなぐ

うれしいことがあったんだ
たのしいことがあったんだ
おしえてあげるよ
出会ったばかりの君に

たのしいことを見つけたら
おんなじくらいの苦しみを拾う
うれしいことがあったら
おんなじくらいの哀しみがついてくる

心はうつろい
若いときはながくはない
でもみんなあたりまえで
みんな気づかないから
どこまでも今日がつづくと思ってる
あしたもあさっても
ずっとずっと
おんなじようにつづくって安心してる

出会った今日は
たのしいだけ
うれしくてたまらない
これから育つ思いには
うれしくてたのしいのとおんなじくらい
つらいときもあるってこと
今はまだ知らないから

だから
手をつなぐ
今日出会った君と

この手から伝わっていく温度
その手から伝わってくる感情
うまれたてのこの気持ちで
君と手をつなぐ

いつか
苦しみも哀しみもすべて
ひとつにして
ほんのすこしだけふりかえっても
また
いっしょに笑えるように
そのままずっと歩いていけるように

君はまだなんにも知らなくて
今日はまだなんにも考えてないけど
だから
それでもいいから
はぐれないように
人ごみにまぎれて
そっと手をつなぐ

今日出会ったばかりの君と
今日うまれたこの気持ちをいっしょに
しっかりと
手をつなぐ


手をつないで!


六年前、実家の両親はまだ二人とも元気で、あの日はちょうど二人して
おめかしをして、出かけるところだった。
あんまりいそいそ準備をして楽しそうだったから、写真を撮ってあげようと思った。
「はい、笑って!」
で、ニヤニヤ。なんかちょっと足りない。

「手をつないで!しっかり手を握ってね!」
で、ちょっと躊躇しながらも手を握り合って、顔を見合わせたら
ふきだしそうに笑ってくれた。

「こんなに楽しいんなら、毎日手をつないで歩いてよ、約束だよ」
と言ったら、血圧上がって倒れるから駄目だ、とか言いながら、やっぱり楽しそうだった。
それから四年後には、二人とも病に倒れることなんか、想像もできなかった。

二人はお見合いですぐに結婚して、結婚してから青春したらしい。
母をバイクの後ろに乗せて映画を観に行ったり、バイクであちこち走って出かけたり。
映画は、父がマカロニウエスタンなど洋画、母は日本の恋愛映画だったって
何度も何度も父が語る、父のお気に入りストーリー。
観るものは別々でも、なんかロマンチックな感じらしかった。

楽しいだけでは、すまなかった家族の道のりがあって
今となっては、しあわせってなんだろうな?と
何度も考えてしまうような、父と母の人生。
ありふれた、普通に過ぎる今日が一番大切で
かけがえのない一日だとわかっているのに
気がつけば、どこかで離れて行ってしまう思いもある。

二年前の明後日は、母が倒れた日。
胸騒ぎみたいな、落ち着かない気持ちになっても
お世話してくれている姉、何かと無理をして会いに行ってくれている弟に
何にも伝えもせずにいる自分は、まだ天国の父の心配の種だろうな、と思う。
この場を借りて申し訳ないけれど
いつも本当にありがとう。

明日、母も姉も弟もみんな、元気でありますように・・・。






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2017/03/08

花の咲く場所まで走ろう

駆け出す人たちを見送る
そのうしろ姿を
しばし見送る
後れて走り出す
立ち止まってしまいたいのを
こらえて走る

かけっこは苦手
競うのは苦手
ひとりで走りたい
だから
うしろで見送る

追い抜かれるのは怖い
ぶつかるのは怖い
かけっこになると途端に
どんなおそい子にも負けるわたしの
走るフォームを褒めてくれた父は
もういない

かけっこが嫌いだった
競うのが嫌いだった
でも
ひとりだけ取り残されるのも
ほんとうは怖かった

わたしのかわりに
運動会ではかならず
父が一等賞を取ってくれた
前傾姿勢で走り出す父
少年のようだった
その父は
もういない

スタートダッシュもフォームも
父が教えてくれた
自転車もスキーも
父が教えてくれた
それなのに臆病で
なんにもできなかった
自転車だけは大好きだったけど
眼を悪くして父の心配の種になって
それから
わたしはひたすら歩いた

おまえはやればなんでもできるんだ
怖いことはなにもないんだ
そう言った父の顔
まだ少年のような眼差し

誰かと走りたい
あなたと走りたい
みんなで走りたい
あのむかし
ふざけて原っぱを走りまわったみたいに
追いかけていきたい
どこまでも
どこまでも
息がつづくまで

限界まで走って倒れこんだら
草の匂いがするだろう
空はどこまでも青いだろう
雲はぐんぐん動くだろう
そう
あのときのように

走るのは苦手
競うのは苦手
追い抜くためには走れない
追いかけるために走るんだ
駆け出すあなたを
追いかけるために走るんだ

あなたのいるところを目指して
走ろう
花を愛するあなたのいるところ
きっとすぐにわかるだろう
ここから走り出そう
限界まで走ろう
息がつづくまで走ろう

あなたがいる
花の咲く場所まで走ろう
そうして
草いきれのなかに倒れて
ゆっくりと眠ろう
そのときまで走ろう



父の待ちこがれた春が来て


日差しがでてきて、日中の陽気がよくなって、近くの家々の庭先に花が咲き始めた。
眺めながら歩くのが大好きだったけれど、両親が相次いで倒れ
父が他界してからは、花を見るたび切ない思いがする。
父が育てていた花々は、姉が頼んで山に運んでもらい植えてもらったという。
山に植えられ、たっぷりの日が当たっている梅の木の写真を送ってもらった。
今頃はいつものように、丹精するためにあれこれ眺めているのに違いない。

運動が得意で、走るのが速かった父。
学生時代は野球をしていて、キュッチャーだった。
父と最後に見たテレビ番組も、野球中継。
疎いわたしにわかるように、父の解説つきで、二人で最後まで見終わった時
来年は見れないだろうというようなことを言って、笑ってみせた。
いつもの、首をすくめながらの、満面の笑み。

父に体型や体質が似ていたわたし。
お前が運動音痴のはずがない、といつも言ってくれた。
勇気を出してやればなんでもできるんだ、と言って励ましてくれた。
負けるが勝ちの性分は治らず、結局わたしは何一つうまくできなかった。
頑固な父の性格が、少しはわたしにもあるならば、わたしの場合は裏目にでたらしい。
今になって、あんなにかたくなに運動を拒否してしまった理由も、もうわからない。

人と競争することは、とにかく苦手だった。
姉と比べられるところから、そうなったかもしれない。
母の洗脳もあった。
お前は自分に似て運動は駄目、という。
父が運動会で他のどの子のお父さんよりも速いのも、実はつらいものもあったのだ。
お父さんは速いんだから頑張れ、と言われつづけていたから。

家族はみんな頑張り屋さんで、家での会話には
「根性」とか「絶対」とか「必ず」が飛び交っていた。最後まで、そうだった。
わたしだけが駄目な頑張れない性分に甘えていた。今でもそうだ。
それでも父は、お前はやればできる、と言いつづけてくれた。
今でもまだ、そう言って励ましているだろうから
天国の父のところに行くのには、走って行こうと思う。
あんなに走るのも運動も得意だった、かっこいい父にもどって
いっぱい体を動かしているんだろう。

春、今年の花はどうですか?
体を鍛えて、いつか走って行くからね。
みんなを見守ってね。






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2017/03/07

できる

できないことを数えた
できないことは数限りなくあった
できることを数えた
できることはそんなにはなかった

変えられないことを数えた
変えられないことはたいして多くはなかった
変えられることを数えた
変えられることはいっぱいいっぱいあった

できることから始めよう
できることをしてそれから
何か変わるのを待とう
何かが変わってきたら
できなかったことができるだろう
変えられないと思ってたことが変わるだろう

だから今日は
できることをしよう
精一杯しよう
今日を限りと一生懸命にしよう

くよくよしないで
めそめそしないで
いらいらしないで
無心にしよう

もしもまた
あなたに会えたなら
心からの笑顔になって
よい言葉を伝えられるように
よくばらないで
無心になって
今日できることをしよう

会えたよろこびでいっぱいの
この気持ちのまんまで
わたしは笑う
またきっと笑う
あなたに笑ってもらうために

できることをする
だから今日も
わたしは笑うんだ

できることを
いつまでもつづけよう
そこから
できないこともできるように
変えられないことも変わるように
一生懸命つづけよう

はらはらしながら
どきどきしながら
わくわくしながら
わたしのできる限りを無心にしよう
わたしができるほんの小さなことでも
あなたが笑ってくれるなら
小さな小さなわたしは
今日を限りと
心をこめて一生懸命に
わたしのできることをしよう



今日という一歩


毎日は単調な繰り返しのようでいて、波風が立ち、順調なばかりではなく
心のありようもまた、揺らいでは自信を失くし、立ち止まって身動きできないときもあります。
今日くらいはいいか、とお茶を濁して、気がつくと途方もなく積み重なった問題に
突然のように直面することもあります。
大きなことでなくとも、ごく小さいことでも、今日のことは今日で済ませ
今日できることは今日一生懸命にする。

こつこつと、地道に。
そして物事にも、人にも、苦手を作らずに、心をひらいて無心になる。
引っ込み思案で人見知りな自分だけど、ある時から
そんな内にこもる性質を払拭できました。

自分の病気でも変わらなかったけれど
大切な友が、若くしてこの世を去った時
今日という日はこれきりの、大切な一日で、今日会えたからまた会えるとは限らない
そう知らされました。
また会いたかった。
もう一度だけでもいいから、また会いたい。

今日できることを、真剣に一生懸命して、手放さないこと。
上手に年を重ねる一番の方法のようです。
できて当たり前、いつでもできる、と思ってないがしろにしないで
今日できることをして、積み重ねて、もっとできるように
いつか変われるように
今日は無理なことも、明日につながるように。
一生懸命、小さいことを積み重ねます。








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2017/03/06

つばめが鳴いたよ

つばめが鳴いたよ

つちーつちーつちー

つよい声だ
明けきらぬ朝
どんよりと雨をふくんだ
重たい空に
高く響いた

たのしい夢をみて目覚めた
なにやら心はなやぐ
たのしい夢だ
真新しい仕度をして
なにもかもまっさらにして
そして
それから・・・?

つばめが鳴いたよ

つちーつちーつちー

目が覚めた
まだ半分夢のなか
こんなに臆病なわたしが

すべてが始まるこの時
心躍ってたこともあったらしい
たのしげな夢
あれから・・・

あれからわたしは
こんなにも弱っちい人間になってしまったよ
いつからわたしは
こんな弱っちい自分を
自分にゆるしているんだ?

つばめの鳴き声に
親鳥の威厳があった
はりつめた
すこぶるよい声だ
南の国はさぞ遠かったろう
間違えずに
この巣にもどって来たんだね
そして声高に伝えているんだ
親鳥らしく
しっかりしろと
このわたしに

つばめが鳴いたよ

つちーつちーつちー

あれから
一年が過ぎ
おまえらはこうして
命をつなげていくというのに
わたしは
あいかわらず臆病風に吹かれて
つまらぬさみしい考えをしているんだ

まっさらな
真新しい仕度をして
一等最初の気持ちにもどって
今日を生きるんだ
つばめの帰った
ここで

まっさらに心を塗りかえて
真新しい仕度をして
春の朝に
つばめの鳴き声が響く
ここに

よこしまな気持ちも
弱っちい自分も
臆病も
つばめの声に厳粛に
清められた
たのしげな夢のなか
心躍るわたしが
目覚める明日にも

つちーつちーつちー
つちーつちーつちー

つばめは鳴くんだ
しっかりしろと
きっと
またまっさらな
真新しい一日を始めるために
わたしを驚かすため

つよいつよい
すこぶるよい声で
つばめが鳴くよ



東京の燕たち


十年以上、一つの燕の巣を、毎年見守っていた。
ちょうど窓から見えるところに、その巣はあった。巣を作られた隣家は、大変に古く
二階家ではあったが、その天井の低さと、少し勾配のある土地の下側に建っていたことから
窓はまるで巣を観察するためにあるかのように、燕の巣の様子が本当によく見えた。

親鳥たちは、とにかくよく働いていた。
短い期間に、二組の子育てをするように見えた。
初めのひな鳥たちは、大急ぎで成長して、まだひわひわな様子のまま
巣立ちを迫られているようだった。
なんとも強く逞しい、小さな渡り鳥。

こんな観察がじっくりとできるくらいに、家にこもっていた自分の
心のなかを、今はあまり思い出せない。
ただ、あの燕たちの忙しい命の営みには、救われるところはあっただろう。
隣家の取り壊しがあり、その翌年から、燕たちはどこに巣を求めたのか
ずっと長いこと、春が来る度、気に病んだ。

今年、雨の降り出しそうな今朝、初めて燕が鳴いた。
姿は見えないが、近くの巣で子育てを始めるらしい。
春の新しい燕たちの生活の始まりに、わたしの心も躍った。
東京の、頼もしい燕たち。
ここで生まれ、ここに帰ってきたんだろう。

いつの日か、生まれたところから、また遠く南を目指す燕たち。
歩くことをしない強靭な渡り鳥の燕に、力をもらう。
その力強く必死の鳴き声に、今年も励まされる。
わたしも一生懸命生きて、燕たちを応援しよう。
東京は、今日は雨。






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2017/03/05

うたう

このおもいは
一体どこへいくのだろう
どうしようもなく
あふれだすおもい
あなたへ
胸の鼓動とともに際限なく
おもいはあふれ

あなたへと
ただあなたへと向かう
堪らず
深く息をつく

うれしいのは
たったひとつの
あなたの言葉
あなたの笑顔

たったひとつでも
わたしを生かす
たったひとつでも
まことの力を持つ

このおもいは一体
どこからくるのだろう
生きる道さえ決めてしまった
それなのに
くるしいくるしいおもいだ

うつくしいのは
あなたの選んだ道
あなたの生きた足跡
あなたがつくった世界

そのすべてが
わたしの道標となって
わたしを導く
すべてはうつくしく
そして哀しい

そのひとつの言葉を
その笑顔を
わたしの記憶を
わたしが生きていくこの先も
すべて
ひとつにして捧げたい
あなたに捧げたい
いつかあなたと
ふたたび巡り合う
その時に

このおもいは一体
どこへたどりつくのだろう

あなたの生きる道が
ひとつきりであったように
あなたもただひとりきり
それだけが
くっきりと浮び上がる

闇のなかの
あの一番星のように
このおもいも
ただひとつのうつくしいものになるのなら
届くだろうか?
いつか

永遠なんてものがなにか
まだなにも知ってはないけれど
暗闇に響く声がする

子守唄のような
泣き声のような
聞き慣れた懐かしく
やさしい声だ
哀しい歌だ

あなたのうたう歌
いにしえからうたいつがれた歌

あふれるおもいと歌をうたおう
永遠の歌をうたう
ただひとつの
永遠の歌をうたう

あなたがうたった
永遠の歌を
わたしもうたおう



歌を歌い始めた母


脳出血を起こして半身麻痺のリハビリをしていた母は、突然歌を歌い始めました。
話すように、ほんの一瞬歌います。
お世辞にも歌は上手とはいえない母。音程がはずれてしまうので
人前ではけっして歌わない。病気になって初めて、母の歌声を聞きました。

姉がお見舞いに行ってくれていて、リハビリ中に、作業療法士の方に母が
「今日は何の歌がある?」
とたずね、その優しく親切な作業療法士の方が
「今日の歌はわからないけど、三月三日はひな祭りだったからね・・・」と答えて

♪ あかりをつけましょ ぼんぼりに
  おはなをあげましょ もものはな

と、母のために歌ってくれたのだそうです。若い男の方です。
母もつられて、一緒に歌い、姉も一緒に歌ったそうです。
母がお世話になったこの病院の方たちは、みなさん本当に親切でしたが
この作業療法士の青年は、わたしの気持ちまで気づかってくださる方で
本当に何度となく、気持ちが慰められ、今でも忘れられない出会いとなりました。

母は昔は歌ってくれていました。
記憶もなくなった、子守唄。
ふるさとの民話のような、少し怖い歌。
母親が夜泣きする赤子に歌う歌は、世界中にあふれているでしょう。
今もどこかで歌われている。
そんな歌こそが、永遠の歌。
そのような、心に響く永遠の歌が歌い継がれる平和な世界であること。
母に限らず、すべての母親たちの願いなのでしょう。
わたしは母親にはなれませんでしたが、いつかは
母から聞いた子守唄のような、心に届く歌を歌いたいと願っています。






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2017/03/04

希望

あかるいところで
動きまわって
忙しい一日が終わると
空腹みたいにむくむくと
希望がわいてくる
そうして
わたしにぴったりと寄り添って
冷えた背中をあたためる

欠けない月が
本当はあって
あなたをいつも照らしている
沈まない太陽が
本当はあって
いつでもあなたをあたためる

そうおもうと
希望がわいてくる

ゆうべ風邪を引いて
あしたの朝おきたら
アイスクリームをいっぱい食べよう
バナナもパンケーキも食べよう
たくさん食べようって
うつらうつら眠った

朝になって
また夜になって
へとへとになって
おなかがすいたらそれだけになって
眠たければそれだけになって
また
そこから希望がわいてくる

夜になってくたくたで
ちょっとセンチメンタルになっても
そろりそろりと
希望がわいてくる

あんまり疲れすぎて
絶望が頭をもたげても
いっしょうけんめいに
一日を過ごす
へとへとのくたくたで成果がなくても
いっしょうけんめいならそれだけで
希望はわいてくる

体のなかの
どこかで不思議がおきて
ここに希望がわいてくる

お腹がすいたときみたいに
単純に
希望がわいてくる
あなたにぴったりと寄り添って
あなたの背中をあたためる希望が
かならずわいてくる



希望は絶望に終わらない


希望は人から与えられるものではなく、自分自身のなかから
自然にわいてくるものだと思う。
そのためには、自分と向き合わなくてはならないのだと思う。
時間つぶしのような、気晴らしばかりでは、やがてむなしくなり
希望からは遠くなる。

しっかりと自分を見つめることが、できているのかといえば
まったく自信も実感もないまま、こうして一日一日を過ごしているけれど
自分なりに、一生懸命に生活をしていれば
希望のような、絶望を打ち消すものは自然と
どこからかわきでてくるものだ、と感じる。

生きるということは、そういうものなのかと思う。
父の最期にも、そんな希望のようなものが見えた。
意識があるうちは、確かに希望があった。絶望は、そこにはもうなかった。

誰にでも備わった生きる力が、希望だと思う。
苦しい時、つらい時、すべてを投げだしてもいい。
そうして、しばらく自分を休ませたら
自然と希望はわいてきて、そこから、するべきこと進むべき道が見えてくると信じる。
そして、希望は決して、絶望に終わらない。

あなたの明日に、あふれる希望がありますように。






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2017/03/03

会いたい

会いたい
会いたい
いますぐに
あなたに会いたい

空は晴れて風もない
春が来たんだ

あの日はまだ冬の寒さ
あれから
また春が来たんだ

こんなに晴れわたった空にも
こころもとなくて
あなたに会いたい
ただ
あなたに会いたい

朝起きてから
夜眠るまで
ずっとあなたをおもう
あなたの言葉を繰り返す

わたしはとてもしあわせです

会いたい
会いたい
こんな朝は
あなたに会いたい

あなたはなんにも言わないけど
麻痺した体は
痛いんだろうと
きっと
痛いんだろうと

手をあたためて
ゆっくりと
さすってあげたい
痩せてしまったその体を

いま会いたい
あなたに

会いたい
会いたい
昼も夜も
あなたに会いたい

おまえはわたしに似ているから
しあわせになるって
そう言って泣いた
ぎゅっと
目をつぶって

手を握りしめ
眠りたい
子供にかえって
あなたの胸で眠ってみたい

いま会いたい
あなたに会いたい

ごめんね
そばにいてあげられなくて
春が来たんだよ

春になれば
きっといいことがあるよって
あなたは言った

わたしはとてもしあわせです

あなたは言った
目をうるませて

不自由な体に
自由な心を秘めて
あなたはどこまでも
わたしを励ました

ごめんね
ごめんね
そばにいてあげられなくて

春が来たよ
春が来たよ
よく晴れた
あたたかい春の日だよ


母を想う


想う、という柔らかい気持ちではないかもしれない。
朝目覚めた瞬間から、夜眠りにつくまで、頭の中に母はずっといる。
今の母も、少し前の母、昔の母も、さまざまな表情の母が脳裏をかすめる。
一日、母を想って暮らしている。
そして、母のお世話をしてくれている姉を心配して暮らしている。

病に倒れてから母は、姉と弟には甘えるようになった。
子供みたいに、駄々をこねるように無理を言ったり
自分でできることもやらせて、ちょっと気難しくふるまったり。
わたしには、そんな甘えた行動をしなかった。
毅然とした母親でいようと、頑張っていた。

これは、わたしが頑張れない駄目な子供で、励まさなくてはいけない子供だ
という気持ちが、どこまでも離れないからのようだった。
申し訳ないのと同時に、本当に情けないな、と思った。

母は、わたしを可哀相と言った。
お前は二番目で、おじいちゃんおばあちゃんがお姉ちゃんばっかり可愛がったから
いつもお古ばっかり着せて、ひとりで、可哀相だった、と。
そういう記憶がなかったので、驚いた。
小さい頃は、毎日のように隣に住むお婆さんの家に遊びに行っていた。
それはわたしがみそっかすなので、可哀相がって
みんなで面倒をみてくれたんだ、ありがたかった、と。

そんな母がたった一度、入院中にわたしにも駄々をこねた。
どうしても家に帰る、と言ってきかない。
わたしが東京に戻る日だった。

わたしには母親の顔をくずさない母が、不自由な体になってからも
わたしはしあわせです、と言ってくれるのは、姉がいてくれるおかげだ。
母と姉が交わした会話を聞く度に、わたしの知らない母の顔がある。
わたしには言えないこと、わたしではできないことを、姉がしてくれていた。
それは今も続いていて、姉には感謝しかなく、ただただ申し訳ない気持ちしかない。

立派な母に、わたしは似ていない。
だからこそ、頑張れという意味で、似ていると言ってくれたんだろう。
いつまでも励まさなくてはいけない、駄目な子供。
会いたい気持ちを、いつか良い報告ができるようにと
一日一日、母の頑張りを見習う力として、生きている。






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2017/03/02

光る

暗がりに仄かに
光るところがあって
じっと見ていると
お前がその白い姿をあらわす

ほっそりとした体を
しなやかにくねらせ
思い切りのびをしてから
小さなあくびをする

おいで
おいで

手招きすると
声にならない鳴き声を発しながら
ゆっくりとこちらに向かって来る
お前の白い顔が
かすんでぼやけて
また闇のなかに消えていく

まだ
ここにいるんだね
お前の天国はここなの?
お前はたしかに
ここにいる

それなのに
どこに行けばお前に会えるのかと
どうしたら
この心が埋まるのかと
思案に暮れるわたしを
ゆるしておくれね

部屋の隅のいつもの場所
あの微かに光るところに身をひそめて
あれからずっと
わたしを見守ってくれているお前

わたしの猫よ
愛しい猫の子

天国に届く言葉をさずけておくれ
ここを真の天国にしておくれ

暗がりに隠れて
身をひそめているお前の
あの謙遜と愛で
愚かなわたしをみたしておくれ
もうどんなに悔いても帳消しにならない罪を
お前が知っている

だからそうやって
そんな暗がりに身をひそめて
わたしを見守っているのだね
明日
夜が明ければ
この雨は止み
日差しが溢れた出窓に
やわらかな膝掛を敷こう
お前の一等好きな場所で
思う存分日あたりしよう

おいで
おいで
光るところにいよう
いつまでも
あたたかいところにいよう

ここが
お前の天国にふさわしく
隅々まで日が差し込むようにしよう
ここでまた
天国に届くように
声にならない鳴き声で伝えておくれ
お前の謙遜と愛を
わたしの言葉にしておくれ

この光るところで

猫よ
わたしの猫の子よ



猫がくれたもの


最後の猫が天国へ行って、もう十年以上過ぎたのに、まだそこいらにいてくれる
そんな気配がします。
そうかと思えば、亡くなった父と共にいてくれているように感じたり
寒い夜には、母の懐に入って眠っているのではないかしら、と思うのです。

鳴かない猫でした。
爪もかけず、噛むことも、威嚇も怒ることもなく、それどころか
食べ物をねだることも、遊びをせがむこともなく、静かな
おだやかで温和で、平和そのもののような猫でした。

一日決まった時間に、決まった行動を、すべて人間に合わせて順序よく
規則正しくするのです。
それは最後の一日まで、必死に繰り返されました。
生きるということの、本当の姿とはこういうことではないか、と思わされました。
猫ながらあまりにもいじらしく、立派な生き方でした。

いきものは、もう飼いません。
最後の猫がまだ、ここにいてくれるからです。
わたしを励ましたり、なだめたり戒めて、声にならない鳴き声で
本当のこと、本当のしあわせを伝えています。

明日雨が止んで、明るい日差しがもどり
またあかるいところで、のんびり日当たりをするでしょう。
わたしも、あの猫の子と一緒に
あかるいところへいこうと思います。






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2017/03/01

太る

からだが太ってくると
心はその分やせていく

もくもくと脂肪がついてくると
その重さに
心は尻ごみして
ちぢこまってしまう
閉じてしまう

ふくよかに脂肪におおわれて
しあわせにみえたあなたが
いつしかその塊をぜんぶ脱ぎ捨てた

すっきりと
二十歳のような身軽さになって
今頃はきっと
春を待っているのだろう

春はあなたの大切な人が
一番愛した季節だから

真白い世界で
きびしい寒さのなか
しなるほど細く伸びた枝先には
ぷっくりと肥えた花芽たちを育てながら
雪に埋もれた時を耐えて
ただ春を待つ
老いた桜の木のように

眠れ眠れ
眠るんだ
わたしの重苦しい脂肪のなかの
ふてぶてしい罪よ

お前を眠らせ
わたしも
あなたのようになりたい
ひたすらに春を待つ
あのやせた桜の木のようになりたい

せめて
厚い重いコートを脱ぎ捨ててみよう
それから一歩
春へと歩きだそう
重い脂肪を眠らせる
この夜に

眠れ眠れ
眠るんだ
呪文のように繰り返す
引き返して目覚めたい気持ちと格闘する

からだが太って
やせてしまった心を抱いて
春を夢見る
猫みたいにちぢこまって
春を夢見て眠ろう




桜は特別な花


わたしにとって、桜は特別な花。
この国の春を象徴する桜は、その見事さや、散りゆく時の儚さに
自分の人生もかさねて、年一回の開花を心待ちにする人も多い。

わたしは、桜咲く町に生まれ育った。
子供ながら、春を待ちこがれた。
それは春の始まりであり、一年の始まり。
新しい人生の始まりのようでもあった。

毎年家族揃って、お花見に行った。
とにかく桜は見事だった。
出店の賑やかさや、大勢の人の行き交う様子にわくわくしながら
見上げる桜は、本当に夢のようだった。

父が病に倒れ、最後の桜は間に合わなかった。
桜のように、見事に散って行った。
家族に最後の良い思い出を、一瞬に残して。

桜のように、冬に枯れて、春に満開の花を咲かせるあの桜のように
わたしも、枯れていきたいと思う。
やがて、母のように、わたしも枯れていくのだろうと思う。

今は何やら、むくむくとして、重たい体を持て余す。
春、また桜の季節が来るというのに、しぼんだ心ではいけない。
三月。
明日から、かろやかになって、春を、桜の花を待とう。






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